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「せやせや何ならお礼にどっかの店にでも」

「ナンパみたく言うなアホ、取り敢えず先に戻るぞ村雲先輩に何言われるか…」

「うぐ、しゃーない」

 渋面を浮かべた葉っぱ少年くんの制止に、オーバーな動きで腕を広げてにこにこしてた関西弁くんも苦虫を何匹も噛み潰したような渋い顔をした。どうやら怖い先輩がいるみたい。男の子の上下関係って線引きくっきりだよね。

「堪忍なちっさい先輩!オレら怖い先輩にどやされそうやから今すぐお礼は出来んけど…ホンマに感謝するわ!このの面倒見てくれてありがとうございますー」

「本当に…どうも」

「良いよ。危ない事しないようにね」

 苦笑する私に二人は一瞬顔を見合わせた後、やや罸が悪そうに頭を掻いて曖昧な返事をした。多分危ない事はこれからもするだろうから断言出来ないんだろうね、嘘の吐けない子達だなあ。

「葉っぱ少年くん」

「、」

 第三者がいる今ならやんわりお礼を固辞出来そう、目を瞠る葉っぱ少年くんに私は嫌味にならないように笑って見せて律儀な二人の申し出をお断りさせて頂く。

「私ね、本当に何にも大した事はしてないんだぁ。だからお礼とかね、別に良いんだよ。助けたって程の事でもないから…忘れてね」

 ね。と野良にゃんこさんの肉球を借りてバイバイと手を振ると、私は返答を待たずに踵を返し、不自然にならないよう心持ち足早に立ち去った。心臓は割とバクバク音を立てていて、知らず知らず緊張していたらしい全身がふしゅう…と弛緩した心地。
 実感を伴わない恐怖から解放されたような宿題を終えた後の達成感のような、そんな気分。二人を嫌悪していた訳ではないけれど、やっぱり見ず知らずの男の子二人に一人で向き合うのは凄く勇気のいる事だ。
 自分から関わったのだから文句はないけど、私にとって大きい人というのはそれだけで多少の警戒感を覚える物だから仕方ない。

 大きな物は小さな物にあまり気付いてくれないし、もし接触でもしたら必ず押し負けるのは小さな方、被害が酷くなるのも。だから私大きな物にはあまり近付きたくないなぁ、だって大きな物は小さな物にどれくらい大きな影響を与えるか、理解しようとしてはくれないから。
 これは二人が無思慮だとか厄介だとか言うのではなくて、私には荷が重い状況を避けたいなという私自身の薄情さ、彼らはきっと良い人だろう。ヤンキーでも背が高くっても。

「…悪い事しちゃったね…」

 もしも二人にまた会ったら、きっと気まずさを感じるだろうなぁと一抹の罪悪感を覚え、私は野良にゃんこさんをギュッと抱いた。

「にゃん!」

「あ、ごめん」

 悲鳴のような声を上げられてしまった。












「…あーぁ行ってもぉた」

「……………悪い事したな」

 いつでも飄々とした風情の友人が珍しく感傷的な色を滲ませた声音を吐く。こいつは女に興味のない淡泊な喧嘩馬鹿だと思っていたけれど、どうやらその心象は改めた方が良さそうだと、一生はぱちりと瞬いた。

「なんややっぱりちょっかいかけとったん?」

「ちげーよアホ。男二人で囲って怖がらせたろうなって話」

「あー…成程な、ちっさい先輩にはオレらただのおっかないナリした不良やんな」

 何処からどう見ても、と一生は自分の風体を見下ろす。髪を染めていない分比較的派手さのない友人にしても、ピアスやシルバーを重ねた姿はお世辞にも真面目ではない。

「知り合いとちゃうん?」

「初対面だ……でも名前と何処の学校かは知ってる、学生証見たしな」

「抜かりないやっちゃなー」

「…まぁな」

 決して自身の社交手腕で手にした情報でないにも関わらず、彼はあたかも当然のように無表情の皮を被り詳細を端折った。そんな飄々とした風情で木の葉を払いのける友人に一生は揶揄と称賛の交じる高い口笛を鳴らす。

「行くぞ一生。陣さんに報告しねーと」

「ってもまぁ大方の期待裏切らずっちゅーだけやんなぁ」

「あー…大分面倒なのは…確かだわな」

 アユっぺの泣きっ面が目に浮かぶわと笑って一生は携帯を開く。液晶は午後六時不在着信履歴五件 新着メール十件を表示していた。

「………あかん、泣けて来た」

「………泣けよ、どこまでもクレバーに見守ってやるよ」

 全ての通知が怖い先輩の名前で連なっていた。




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