ちぃちゃな異変
体育祭は、全校生徒徒競走が強制参加となる。プラス参加競技を一種目選択すれば、他の参加は任意だ。
そして各学年最多得点クラスは、それなりの賞品に恵まれる。点数を稼ぎたければ、運動部人員を上手く采配せねばならない。
「騎馬戦のがマシだろ、棒倒し痛いし危なくね? つーか良いな応援合戦、笑い取りに行くか」
「おうよ! 応援と見せかけて腹筋崩壊させてやんよ!」
「あ、がが……頑張ってね、大気くん島谷くん」
「おいおいおい兵衛くーん、何他人事面してるんだいチミはーぁ! 一緒に出るに決まってんだろー?」
「うえぇぇぇ!? そ、そうだったの!?」
巻き込まれた形で参戦が決まった島谷の隣席、堺 兵衛は、不安そうに眉を寄せている。上背はあるものの、あまり運動向きには見えない兵衛のひょろりとした体躯。
頼りなく身体を縮込ませる気の優しい級友は、まことしやかに“二組最後の良心”と呼ばれているのを、本人だけが知らない。
「諦めろ兵衛、オレらとつるんだらクラス行事のお笑い係は決定事項だぜ」
「さっすが島谷くん、超解ってるーぅ」
「お笑い……で、出来るかな?」
平和主義で温厚な、どちらかと言えば引っ込み思案な彼だが、燥ぐべき時に共に弾けようと恐る恐る頑張る姿は微笑ましい。
その姿は何処か、手を差し伸べたくなる雰囲気がある。だからだろうか、島谷はあっけらかんと、兵衛の杞憂を切り捨てた。
「大丈夫だ兵衛、基本、笑われ役は大気の仕事だから」
「えっ!?」
「はあ!? おまっ……ちょ、聞いたちぃちゃん! こいつろくでもねぇー!!」
「え、あっうん、ろくでなしブルース面白いね」
咄嗟に近くにいた女子に話題を振ってみたものの、大気の泣き言は予期出来ぬ方向に打ち返された。
「うん? 何やらいつもの超変換が起こったぞ? ちぃちゃんそれ何の話?」
「うっすら聞いたような名前だが、知らん。一昔前の名曲とかじゃね?」
「何それ誰の曲? 吹けよ島谷」
三宅 小はクラスで一番背が低い女子で、凄まじい天然属性の持ち主だ。入学以来数々の謎言を残し、数多の突っ込み属性持ちを密かに撃沈させて来たレコードは、未だ以て更新中である。
だが、今のはどこか上の空なズレっぷりだなと三人は訝る。ちなみに、大気に催促された島谷は吹奏楽部に所属しており、担当はコルネット(金管)だ。
「あ、みみ、三宅さん、体育あまり好きじゃない……っけ?」
「そういえば」
「なんだちぃちゃん、そんならスウェーデンリレー出ればいんじゃね? 先頭走者は二十メートルしか走らなくて済むぜ」
「うん、サルミアッキはもう一度挑みたいなぁ……え? リレー?」
「ちぃちゃんどうしたの? どこへ夢旅行してるの? アルミサッシがどうかした?」
組んだ手の甲に頤を乗せ、いつになく剣呑な……どことなく鬼気迫る表情で黒板を凝視する小の挙動不審さに、三人は無言で視線を交わす。
これは最早異常だ、異様でなく、異常事態だ。ちぃちゃんがテンパる事態ってどんなさ!
「そんなに体育祭嫌か?」
「体育祭は勿論凄ーく嫌なんだけど、今それどころじゃな……あ、えーと、そうだ! 男子なら、もし皆なら初めて会った人に告白されたら、なんて言う?」
「全てをスルーしていきなりの恋話とか! どうしたちぃちゃん、俺ら誰も着いて行けねーよ!」
「そっか、着いて行けません……それもありなのかな」
「違うぜちぃちゃん、今の告白の話じゃない。つか、もしかして知らない奴に告られたんだ? 何、困ってんの?」
きょとんと首を傾いだ島谷に、小はかつて見た事のない勢いで……それはもう、残像が見えそうな程ぶぶぶぶぶと頭を振った。
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