昼飯時風景



 昼休みを告げる鐘が鳴れば、誰もが群がる購買と自販機。そこには、幾つかの勝敗とかドラマだとかがあるのだろう。
 しかし横目に通り過ぎるだけの弁当派には、あまり関係のない話である。今日の大気のように、飲み物を忘れたりしていなければ、だが。

 がっしりした体育会系から、ほっそりした文学系まで。生徒がごみごみと行き交う様は圧巻だ。自販機の列も、先頭にいるのは丁度そんな感じの二人組。上背ある偉丈夫な茶髪と、それより幾分小柄な印象の黒髪男子だった。

「稀然、もしまた炭酸買ったらマジ怒るかんね」

「……何故だ?」

「黙らっしゃいこの炭酸ジャンキーが! 骨が溶けるでしょーが!?」



 廊下や中庭は既に、食事場を求める生徒でごった返し、繁華街の雑踏に等しい。その直中を、パックジュース片手にゆるゆると掻き分ける。
 無心で人波をすり抜ける事に没頭していた大気の肩は、突然、叩くというには過ぎた力で……否、がっつりと鷲掴まれた。

「うお!?」

「せーんぱーい、おはよーごぜぇますよぉ。いや最早こんにちは? ふひひひひ」

「鳴海、お前もっと普通に声かけてくんない!? 俺の内臓がリバースしたらどうする!?」

「指差して笑いますよそりゃ。ははは!」

「爽やかな笑顔で即答とかね! 泣いて良いとこだよなコレな!」

 遠慮という物を弁えない言動が通常運転。外見に手を加えない素のままが最も似合う黒髪黒目の後輩は、今日も絶好調らしい。

 この釣り目がちな後輩は八幡 鳴海。容赦ない毒舌に暴言をさらっと本気で述べ、人の傷口を笑って抉るような輩だ。

 往々にして、嫌がらせとしか思えない有言を実行へ転化する。最悪に抜群のバイタリティを持つ、中学時代からの知己だ。

 にたにたと蛇を思わせる鳴海の薄ら笑いに、本当に良い性格してんなと、大気は胸中で吐き捨てた。
 そこへ更に声が加わる。しかし今度は、可愛いらしい女の子のそれだ。

「先輩……あれっ泣いてるのだ!? カナっちゃん、なるが先輩泣ーかしたー!」

「うわぁ、鳴海さんは今日も絶好調ですね」

「おーう竜姫、酷いんだよ鳴海が苛めるんだよ。酷いよ傷付いたよーう、おいおいおい……」

 渡りに船と竜姫の肩に泣き付き、これ見よがしに鳴海を指さし避難する。大気のあざとい報復に、鳴海は微かに口元を引き攣らせた。

「あんた本当にキャラ鬱陶しいな!」

「なるっ 先輩は思春期の乙女より打たれ弱い、柔な硝子の十代の心を持ってるから、意地悪したら駄目!」

 グサッ!! たつきの かいしんのいちげき! こうかは ばつぐんだ!

「ふははははは!! 良くやった竜姫、今のは素晴らしく良いトドメだった!!」

「ぐふっ……竜姫、恐ろしい子……」

「えっ 何が何が?」

「駄目だよ竜姫ちゃん、そんなはっきりヘタレ女々しい豆腐メンタルとか言っちゃ、先輩立ち直れなくなっちゃうよ」

 横髪だけを両側で三つ編みにしたあどけない女の子から、無邪気な弾丸を撃ち込まれハートが砕けかける。というか挫けた。
 それを正確に汲み取り、気弱を絵に描いたような線の細い少年彼方が、おろおろと視線を両者の間に彷徨わせる。

「うわすみませんすみません、竜姫ちゃんに悪気はないんです! 悪気100%の鳴海さんと違って」

「おい彼方、お前も随分良い度胸だなあ゙ん?」

「しかもさりげなく追い討ちかけて来たよなお前、あ゙ぁん?」

「ひえっ!?」

 竜姫を庇う筈が、双方向からヤクザの如く毒気の強い一瞥に怯み、あっという間に彼女の影に隠れた彼方。しかし鳴海は容赦なく、視線の刃物をビシビシ向け続ける。

 鳴海を唯一制止出来る人間が居合わせてない為、大気も苦笑いに留まる。時折悪意に似た物が滲むやり取りこそ彼らのスタンスで、基本的に仲の良い連中なのだ。放置しても心配はいらない。

 それに彼方は見掛けと違い、それなりに図太い。何だかんだ、鳴海ともずっとつるんでいるのが良い証拠だ。

「竜姫はなんで、鳴海と付き合ってられんのかねぇ」

「おぶ? あにょ別になると付き合ってなんかないのだ、先輩」

 つるんではいるけど、と言い挿した竜姫に、大気は意外そうに瞬いた。ちなみにあにょとは竜姫の個性的な一人称で、恐らく名字の安仁屋に由来すると思われる。




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あきゅろす。
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