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「お、お待ちを!」

「あん?」

 話が無難に纏まってしまいそうな雰囲気を阻止せんと水を注した幹部に、緋耀も焔爾も全く同じ表情で訝し気な一瞥をやる。

「その生まれ損ないがしくじった以上、相応の処罰が必要かと…」
 うやうや
 恭しく緋耀に頭を垂れ進言したのは、編み傘を被った嗄れ声の老いた一ツ目鬼。それに呼応してそうだそうだ身を以て贖わせましょうとさざめく老幹部らを見回し、焔爾は冷めた眼差しを向け斜に構えている。

 怒気がありありと浮かんだ息子の様相を慮って…などと言う事はこれっぽっちもないが、緋耀は煩わしそうに髪を掻いて無関心にあー…と漏らした。

「処罰か…処罰なぁ、確かになあ。しくじったもんなぁお前」

「───────っ…はい、如何なる裁きも謹んで受ける所存で……!?」

 平身低頭のまま緋耀に応じる六花の肩が不意にびくりと跳ねた。
 ぶわりと波及したのは突き刺さるような殺気、その場に居合わせた全ての者へと叩き付けられる刃物に似た鬼気は、無言で老幹部らを睥睨する焔爾が放つ物だ。

「…処罰、な」

 ぽつりとした呟きは恐ろしく平淡で。

「そうだな倅よ、お前も斥候にゃしくじってんだ。こいつはお前の従僕でお前が指揮してんだからまあ…同罪だわな」

「ああそうだな確かに筋は通ってる、罰したいと言うならばそうすりゃあ良いだろうよ」

「だとよ。お前こいつらを処罰したいなら、勝手にやっておけや」

「っ!?」

 思いも寄らない緋耀の言に老幹部らは絶句する。生まれ損ないはいざ知らず、城主の子息たる…いいやそもそも焔爾に処分を下すなど、自ら命を捨てに行くのと同義だ。

「い、いえ、若に処罰などと、そんな畏れ多い事なぞは僅かばかりも…!」

「しかしなぁ、斥候の務めを果たせず敗走したのは事実だからな…罰したいなら一向に構わないぞ俺は」

 くつくつ喉で嗤いながら焔爾は泰然と足を踏み出す。彼が歩を進める毎に傷口から滴る雫が赤い跡を残し、その光景に六花の表情が更に強張って、物言いたげに桜の双眸が瞠られた。

 彼女の視線を背中に一ツ目の前に対峙た焔爾は、破魔の力をその身に受け、満身創痍の致命傷を負っているとは到底思えない凄味がある。
 それ程の気迫に飲まれ、彼らはじり、と後退るを得ない。

「ああお前らの言う通り相応の処罰が必要だ、したいと言うならさせてやるさ。ただ、これで俺も鬼の端くれ…大人しく処分されてやるつもりはねぇよ?生憎俺はこいつ程、潔くも真っ正直でもなくてなぁ…」

 当然返り討ちにしようとするだろうから、結果的にお前ら皆屍の山になったとしても、俺は責任を取らねぇぞ?

 断じて、焔爾は一ツ目に酷薄な笑みを向ける。鋭く射竦める猩々緋の双眸には純粋な殺意しか込められていない。

「は…はい」

 それを正しく受け取って老幹部らは一様に首肯し、屈服の意を示した。
 焔爾はきっと、息も絶え絶えなこの状態でも、暴虐の限りを尽くし彼の言を真実体現するだろう。それだけの物をまだ隠し持っていると予感させる。

 何と言ってもここは黄泉の底、天神地祇に守られた中津国と違い全ての妖異が天敵も縛りもなくその能力を最大に奮える、夜闇の懐なのだから。

「おい倅よ、それならお前こいつをどうするよ」
    どうかつ
 息子の恫喝を笑って緋耀は視線で六花の青褪めた顔を示し、しくじった生まれ損ないの処遇を問う。
     ばしゃうま
「…あ?馬車馬のようにひたすらこき使うが、それがどうした」

「はっは!言うと思った!」

 至極当然とばかりに言い切る息子を笑い飛ばし、緋耀は膝を打つ。事の顛末がどう転ぼうと多分、面白ければ何だって良いのだろうと彼の子供達は厄介な、緋耀の愉快犯的性情を理解している。

 そもそも緋耀は純血だ生まれ損ないだなどと言う拘りには固執しない。何故なら、彼にとってはどちらであっても等しく“自分よりは弱い者”だからだ。

「これは俺の所有物だ、俺の物をどうするかは俺が決める。何か…言いたい奴は前に出ろ」

 尊大に吐き捨てた焔爾の前に立つ者はなく、老幹部らは滅相もないと頭を垂れ、彼是と言い繕っている。それら全てを右から左に流し、焔爾は詰まらなさそうに鼻を鳴らした。

「、」

 焔爾、と呼ぼうとして、しかし幹部らの目を憚り六花は押し黙る。生まれ損ない如きが彼の名を呼び捨てるなど許されない。折角鎮火した火種がまた燻り出すだけだと、彼女は賢明に沈黙を通した。




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あきゅろす。
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