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「言い方を変えてやる朱羅、余計な憶測を吹聴せず利口に振る舞っていろ。お前の出る幕はこれっぽっちも、ない」

「…あらあら」

 連れない兄様も素敵ですわと懲りずに嘯く朱色の双眸は、何の感情も読み取らせず、ただ爛々と燃えていた。

 喰えない娘だ。そう舌打ちして焔爾は上体を起こす。
この妹の本意など知った事ではないが、彼女もやはり魁首の血を引く鬼の一角。
 裏でどんな野心を燃やし、どんな奸計を巡らせているとしても、何ら不思議ではないのだ。

「兄様はあの生まれ損ないを後生大事にし過ぎてますわ」

「俺の家畜をどう扱うか指図される謂れはねぇよ」

「これは私からの親切な忠告ですわ、兄様」

 笑みの失せた表情で断じた朱羅に焔爾も無表情で返す。別にしくじった生まれ損ない…六花を庇ったつもりなど、彼には微塵もない。







 あの日敗北を喫し帰還した後、手当てもままならぬ姿で二人は遣いに呼び出しを食らった。

 並列された蝋燭の灯りに仄暗く翳りを落とす二十畳程の広さのその部屋で、ずらりと居並ぶ老幹部らと共に待ち構えていたのは、焔爾の腹違いの長兄と長姉。

 更にその奥、正面の高座に胡座を掻き愉悦を隠さない顔で二人を出迎えた緋色の衣を纏う城主…緋耀は、開口一番こう言い放った。

「しくじったな?馬ぁー鹿!」

 ただのクソガキみたいなその言い様に焔爾は殺意に似た物しか覚えなかったが、六花は違ったらしい。

「も…申し訳ありません…頭…」

 伏して額を擦り付ける様相は、そのままさらさらと崩れて消えそうに思える程、弱り切って見えた。
 憐れを誘うその姿を横目に焔爾は舌打ち、老幹部らはさも絶好の機とばかりに生まれ損ないの失態だとさざめき出す。

 彼らは何が何でも彼女を始末したいのだろう、破魔の武神麻利支天女の加護を受ける存在を。その力が失われたのだとしても、それを尚怖れて。
 そんな家臣の糾弾を清々しく無視して、緋耀は土下座の姿勢を崩さない六花に瞬きしげしげと眺めた後、詰まらなさそうに溢した。

「んあ、お前…棄てちまったのかぁ?勿体ない、珍しかったのに」

「は…」

 何を、とは訊くまでもない。だが緋耀はかつて彼女を拾った折、鬼のくせに神に愛されるその矛盾こそ興味深いと面白がっていたのだ。その加護が消えた今、緋耀にとって六花はただの生まれ損ないに過ぎない。

 これで彼女を始末し易くなるだろうとほくそ笑む幾人かを尻目に歩み寄り、彼は緋色の衣を払ってのそりと彼女の前に腰を下ろす。緋耀はかつて手元に置いていた小間使いへ屈託ない子供のような表情を向け、俯く六花の顎を指で掬った。

「お前負けたか?なあ」

「っ…は…い」

「ふぅん」

「申し訳…ありませ…」

「じゃあ強かったんか!覡は!…ははっ楽しいじゃねーの」

 天井を仰いでけたけたと高らかに笑い飛ばし、緋耀はそのまま視線を横に流す。見上げた息子の表情は、手負いと思えぬ生々しさで双眸をギラつかせている。

 …悪くない。術式に長けた六花と腕っ伏しが取り柄の焔爾を退け、かつ神の力を打ち消してしまうとは予想外だ。想像以上に中津国の覡は腕を落としてないらしい、だが───────

   せがれ
「おい倅よ」

「…あ?」

「やるこたぁやったんだろな」

 問えば一笑、当然とばかりに鼻を鳴らした息子に満足そうに頷き、緋耀はにたりと牙を覗かせ口角を吊った。
 ああ、やはり悪くない。現世の中津国は覡の技能こそ未だ健在だが、確実に失われている物がある。




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あきゅろす。
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