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 つれない態度しか見せない兄…焔爾に不思議とよく懐いている末の妹君、朱羅は六花よりも幾分か若い面立ちに艶やかな衣を纏った見目可愛いらしい娘だ。
 当然純血の鬼であり焔爾よりも鮮やかな緋色の髪は結って尚長く垂れ、その双眸は目の醒めるような朱色。
     ついたて
 箔塗りの衝立に写り込む影すらも色めいた、名前に恥じぬ美しい色彩を伴った容貌は、同じ女鬼の内においても羨望を向けられる程。

 …まあ、可愛いらしく振る舞うのはあくまで敬愛する焔爾の前だけの話で、この娘とてやはり本質は鬼だ。六花がこの娘をいたく苦手としている訳は勿論…何と言うか、十二分に、ある。

「嗚呼つれない兄様も素敵ですわ、私が顔を出さなかったのに拗ねてらっしゃるのね!ご心配には及びませんわ私兄様の為なら毎日だって此方へ通いましてよ?でも…私知ってましてよ兄様、おいそこの生まれ損ない」

「、」

 びくり、と六花の肩が跳ねる。射殺すような眼差しを向けられ、さながら蛇に睨まれた蛙の状態だ。
 可愛いらしい声色は次第に迫力と圧を発し、地を這うような低くおぞましい物になる。

「お前生まれ損ないの分際で、兄様のお手を煩わせたばかりか斥候をしくじっておきながら無傷で戻った…だと?」

「……………」

 是と言えばふてぶてしいと殺される、否と言えば見え透いた嘘をと殺される。悟り、ただ黙するしかない六花に朱羅の眦が吊り上がる。
 文字通り鬼の形相を目の当たりにして身動ぐ事も出来ない自分を、愉快そうに見やる焔爾が視界の端に映り六花は内心怒り心頭だ。

 お前絶対殴るだけじゃ済まさない、そう意思を込めて猩々緋を睨み付ける。しかしそれは不味かった。
 純血の鬼であるのみならず魁首の子息と言う生まれ着いて高い地位を持つ焔爾に、許しもなく生まれ損ないが面を上げるなど…ましてや悪意を乗せて視線をやるなど以ての他だ。朱羅にとっては。

「たかが生まれ損ないの分際で兄様に猥褻かつふてぶてしい色目使ってんじゃねぇよ、図々しい雌豚がぁ」

「っ」

 そういうとこ本当に血縁だな、と思わせるドスの利いた罵倒に現実逃避しかける意識を必死に掻き集めた。

 六花は何事か申し立てようかと唇を震わせるも、殺意を包み隠さない朱羅の前には何の意味もない呼気となるだけで、現状を打開するには至らない。

「兄様ぁ、この賎しい下衆豚に裁きを下しても?」

 嬉々として訴える朱羅に六花の背筋が凍る。朱羅に自分を…生まれ損ないを生かす理由など微塵もないのは先刻承知、例え焔爾の小間使い、傍用人であってもお構い無しだ。

 いいやきっと彼女ならば兄の世話なら喜んで自らすると言い張るだろう、ああそれなら大いに代わって頂きたいが、その為に殺されるのは断固拒否する。

 命の危機を前にやたら高速回転し出した脳が、いっそ今すぐ逃げ出してしまおうと叫ぶ。
 この妹君の事だ、爪を剥ぎ生皮を剥き髪をむしり眼球を抉り耳を削ぎ舌を抜き、五体バラバラに切り刻んで尚飽き足らず無体の限りを尽くすだろう。

「……っ…」

 想像出来てしまう自身に目眩がして六花は眉間を押さえる。逃げよう、逃げるしかない。私は生きる。

 こうなったらお頭に頼み込んで、もう一度お膝元に置いて貰おうかと逃亡先を心に決め、腰を浮かせた六花の腹積もりを見透かしたように焔爾が朱羅、と声を発した。

「そいつは今酒を取りに行かせてんだ俺の。良いか、俺の酒だ。それをお前の我が儘で延々酒が来ない…なあ朱羅、いつからお前の我が儘は俺の命令より優先される物になった?あぁ?」

「そんな、兄様…!私よりお酒の方が大切だとっ……言いますわ兄様ならぁぁあ!でもそこがまた堪らないのですわ!」

「……………」

 そこで身悶える意味が解らない。そんな表情で焔爾と六花は心持ち遠巻きにしながら、嬉しそうに燥ぐ朱羅に温度のない目線を向けた。




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