5


  ひよう
 緋耀には七人の子がおり焔爾はその四番目、上に二人の兄と姉、下には二人の弟と妹。
 ほぼ異母兄弟であり母親を同じくするのは正室の子である長兄と長姉、側室の子である弟二人のみで、他の子らは皆母親は別である。

 いずれも優れた資質を持って生まれた強者だが、跡目を巡って内部は荒んでいるらしい。
 …らしいと言うのは他でもない、焔爾が真っ先に兄弟間の権力闘争から離脱した異端児だからだ。彼が鬼の中でも変わり者と称される由縁の一端がそこにある。

 能力は高い物の父親に似てやや気風の変わり種な焔爾は闘争心が強い割に、出世欲はからきしないのだ。
 上から全てを眺めて操る事に満たされるのではなく、強者と戦い、自らの手で勝利をもぎ取る事に最大の喜びを感じる根っからの荒くれ。

 そもそも上から何を言われようが大人しく従うタマでもないので、下っ端同然に前線に立ち好き放題暴れているのが性に合うと、本人はまるきり魁首の後継など意に介さない。
 生まれの順からも跡継ぎ争いからやや遠い彼は、これ幸いとばかりにそんな窮屈な立場は無用の長物と、早々に跡目を放棄したそうだ。

 けれど以前彼が酒に浸りながら城主の子なら城主になれるなど下らない、本当に一城率いる主になりたければ自ら旗を掲げて築けば良いだろうにと、父親の七光りで手にする地位に反感を抱いているらしい旨を溢していた。
 それが本音なのだろう、始めから用意された物を掠め取っても何も満たされないと、きっと彼は父親にさえ真実負けたくないのだろう。

 普通鬼ならば、親だろうが子だろうが使える物なら使い尽くすと言うのに。あまりに徹底して地位に固執しない姿勢はいっそ清々しいが、その反動が自由過ぎる不摂生なら頭が痛い。

 それでも…彼のそんな型破りで風変りな気質に生かされているのだから、彼がいつか自分を放り出すまでは、頭痛が止まないけれど衣食住にさして事欠かないこの暮らしを甘受したい。

「…お前も大概面倒な男だ、馬鹿」

 呟くと同時にす、と猩々緋が開かれて六花の手が止まる。映り込んだ自身の姿はやはり淡くて彼の眸の色を隔てても、同じ原色にはなり得なかった。

「そう言えば」

「?」
   ぎょく
「お前玉が砕けたとか言ったな」

「ああ…」

 猩々緋の双眸に射抜かれてつい、と輝きの失せた胸元に手を当てていた。
 過日の戦いの最中たった一つ身に着けていた装飾品、胸元に留めていた碧色の玉髄が退魔の風に晒され、罅割れてしまったのを彼に溢した覚えがある。

 純度の高い透明な玉髄は以前頭から賜った物だったのに、と惜しむらくぼやいたのを彼は面倒そうに舌打ちしていたが…

「焔爾?」

「…これで良いな」

 カチリと音がする、視線を落とせば金具を留めたのだろう焔爾の指がつるりとその表面を滑っていた。

 以前していた玉髄と同じ程の大きさ、しかし透かした色は碧ではなく紫暗色…彼の耳朶に嵌まる一粒石の耳飾りや肩布と近い色合い。

「あ…」

「お前はちっとも着飾らないからな、このくらいはないとまるきり女っ気がない」

 洒落た物ではないけれど恐らく値は張るだろうそれを、六花はじっと見詰めるしかない。

「どうして…」

「あ?」

 はくりと空気を飲み込んでやっと絞り出したような声で、彼女は不安気に眉を下げた。

「私は禁色を纏えない、馬鹿、お前と同じ色なんて無理だ、どうして」
  わなな
 戦慄いた声色の責め立てを聞き流して焔爾はあー、と気のない素振りで髪を掻いた。



 鬼の中にも階級は存在する。持って生まれた能力を誇る種族だからこそその線引きは明瞭で、その階級を一目で表す物が色だ。

 焔爾が肩にたすき掛けしている紫紺の布は肩章を簡素化した物であり、戦の多い鬼の軍勢にとって一般的な階級章として広く用いられている形だ。
 生まれや立場によって纏える色は定まっており、特に紫は禁色として極一部の者しか纏う事は許されない。




[←][→]

6/21ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!