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 瓦屋根、鯉が優雅に泳ぐ池、築地塀が伸びる重厚な門構え…純日本家屋である半井家は、古くから、土着民間信仰の祭事に携わって来た家系である。

 近年、西洋風にオカルティズムと一括りにされているそれは、政や日常生活の表舞台からは衰退の一途を辿っている。
 しかし人間の根源に連なる神秘性への畏敬や憧憬は、しぶとく根強く、消える事はない。

 名を変え手を変え、するりと人の世に忍び続ける定めだとは、今は政治家や好事家相手に大枚をぶん取っている、祖母の一家言だ。

 うん。我が祖母ながら実に図太…いや逞しい。
    し ん や
「おいで神夜星読みをするよ」

「はい」
          
 それまで分厚い書を繰っていた手を止め、ぱたんと頁を伏せる。席を立った少年の名は半井 神夜、高校生ながらも外見には全く手を加えていない。髪も瞳も墨色の、平凡然たる風貌。

 祖母は最、最と書いてかなめと読むのは珍しい。神夜にしてみれば、これまで十六年の人生で自分の苗字を、見事なからいと読めた人物はただ一人しかいない為、姓も名も性格もちょっぴり捻り過ぎな祖母に、改名相談でもしたい所存だ。

 びっす

「…お前今、失礼千万な事チラッと考えおったか神夜?婆ちゃん解るんじゃよそう言うの」

「エスパーですか婆ちゃん…」

 祖母の手刀を眉間に喰らい、神夜は真顔で驚嘆した。この祖母はやたら人の機微に聰く、本当に え 今心読んだ?なタイミングで絶妙な反応を返す、とんでもない人だった。

 元来、第六感や本能の訴えかけに耳を傾ける事に長けた職業柄、祖母の熟達ぶりは尊敬に値するのは解る。
 しかし神夜は、果たしてこのエスパー的な鋭さに到達したとて、逆に面倒臭そうだなぁと思えてならない。

 例え自分がこの…陰陽師だとか退魔師とか呼ばれる、異能の行いを生業として来た一族…
 かんなぎ
 覡の跡継ぎであったとしても、だ。古く千年も昔には、絵本のような鬼退治もしていたらしいが。その悪鬼の類いを遠い先祖が死力を尽くし、根の国黄泉の底に封印して以来、人の世────
 なかつくに
 中津国に、それらの脅威の訪れは非常に数少ない物となったと言う。目に見える脅威が失せれば、その対抗手段たる存在が廃れるのは道理だ。

 幼い頃に両親を亡くし、祖母に育てられた神夜もまた…異能の才を持つ特殊な生い立ちながら、万能科学至上主義な現代で、自分達が未だ、千年前から進歩なく守っている物に些か懐疑的なのも、致し方ない話だった。

 もしそんな事を正直に述べたら、絶対に祖母が悲しむだろうから、言えないけれど。娘達の忘れ形見だからと、手塩にかけて育てられた自覚のある神夜は、唯一の身内である老いた祖母をむざむざ傷付けるなど、決してしたくなかった。

 …まぁどのみち師であり壁であり、そうでなくともやたら手強い育ての親に、勝てる気はしないのだが。


 

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あきゅろす。
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