動刻
「食った食ったぁ───あ。眠い訳じゃないけどもう寝たいぃゴロゴロしたい怠けたいーぃ ゲフッ!?」
「食べてすぐ寝るなと言うとろうが馬鹿者」
食後二分で畳に伏して、だらだら寝転がり出した怠惰な孫を、通りすがり様ナチュラルに足蹴にし黙らせる。稀然がちらと視線をやれば、最は何やら神妙な面持ちで二人の前に座した。
その手には一抱え程の長方形の桐箱が、物々しい様相で収まっている。
「え…」
「それはなんだ?」
「話があるのじゃ稀然殿、ほれ神夜居住まいを正さんか罰当たりもんが」
神夜も、稀然にでさえもその中に収められているのは、何か得体の知れない曰くありげな代物だと察するに容易かった。
しかしそれはぞっとするようなおぞましさではなく、どちらかと言えば思わず背筋が伸びるような、厳かさを感じる物だ。
「…婆ちゃんこれは」
「先程占じてみたのじゃがな、鬼について…少し思う所があっての」
「女の子の方だよね」
「うむ、そうじゃな…お前も何か察したか」
きっぱりと断じた神夜に最はやや意外そうに頷く。キリリとした表情のまま大きく顎を引いた神夜は、真正面に祖母を見据えて拳を握った。
「めっちゃ可愛いらしかったです。角とかなかったしねっ」
ばごん!
無言で神夜の頭を強かに打ち据え、最は稀然に視線を移すと、撃沈する孫の友人に朗らかな笑みで言葉を促した。
「稀然殿は如何であったかの?」
「ん…確かに俺と同じ、混血の同族だった間違いなくな。男の方は純血の鬼だろう」
「稀然っ」
のたうっていた神夜が非難めいた声を上げた。彼の口から言わせたくなかったのに。同族、と。
「ふむ」
あい
「だが一番は人間との間の子がどうして黄泉から来たのか、ってとこだろ」
「…っもー…」
淡々とした相棒の様子に神夜の方こそ歯噛みしている。彼は、いいや彼らは鬼の始まりを知るからこそそれを身近に感じ過ぎる。
むしろ人と鬼とを線引きする事こそ誤りなのだ。鬼の始めは人の心だ。人間の魂が…過ぎたる心が鬼を生み鬼になる。
人は誰しも、最初から内に鬼の素養を備えている。それは狂気と言い換えても良い。その想いの先が滅びに向かうか否かしか、両者の魂の本質に差異はない。
それでも、いや、だからこそ───────
人と鬼とは違うものだ、そしてそれ故に鬼は人に還る可能性を持っている筈なのだ。
「もし人の身のまま黄泉へと到ったなら…或いは…いやしかし」
「まぁそこらの事情は当事者に訊けなきゃ解らないだろう。とりあえずはあいつらにどう備えて手を打つか…」
「対抗策ならば、これこのように」
そこで初めて木箱の封が解かれた。
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