10
夕飯時の喧騒にそぐわない、間延びしたありがとうございましたーの声を背に、神夜と稀然は当初の目的を果たしてコンビニを後にする。
道中の襲撃を警戒する稀然を余所に鼻歌混じりの神夜は、牛乳やら袋菓子やらで膨れたビニールを二つも抱えて能天気極まりない様相。
き と
しかし帰途も既に半ばを過ぎ、半井家に到る人気のない暗がり付近で突如、神夜のぽつりとした硬い声音が稀然の耳朶を打った。
「…稀然、来るよ」
「!」
刹那後、ピンと夜気が張り詰めて生暖かい風が吹き荒ぶ。じとりと肺の中にまで絡み付くような禍々しさに神経が揺すぶられ、二人は知らず息を殺す。
気配を断ち周囲に目を配るも、元より狙われていたのだから今更意味のない事だと稀然は短く舌打ちした。
たいじ
ついいつもの癖で敵と対峙するお決まりの手順を踏んでしまっていた。彼の舌打ちの意図する所を正確に読み取り、神夜は思わず唇を吊り上げる。
…と同時に頭上から音もなく人影が一つ舞い降りてこちらに歩み寄って来る。
その気配に一瞬、二人は戸惑って視線を交わした。似ているのだ、彼ら自身に。
「…お前は何故そんな者の側にいる?」
第一に投げかけられたのは抑揚ない疑問符、夜闇を切り取る街灯に声の主が照らし出されると、神夜が息を飲み稀然は目を瞠った。
「答えろ」
としかさ
凛と響いた声は二人と年嵩の近い少女の物だった。
「女の子…」
ありありと浮かんだ驚愕の表情で、神夜は少女を凝視する。確かに祖母は自分と同じくらいの年をした娘と男と言っていたが…
「鬼……?この子が?」
こうぞめ
流れる髪は香染、相棒のそれに似ているがより薄く淡い色彩で、険しい双眸は桜を重ねた紅、しかし出で立ちは見慣れない。
強いて言うなれば、ゲームにありそうなアジア風のデザインと言った赴き。磨かれた碧色の玉髄が光る胸元から、緩くはだけた真っ白い打掛、裾から伸びた手足は華奢だ。
「…最の話じゃ二人組だったらしいが…近くに潜んでるのか?」
「解んない…それっぽいのは感じないよ」
「そうか」
「……」
えんげ
こく、と神夜の喉が嚥下する。初めて目の当たりにした鬼の風貌は、彼らの目に特別奇怪に映らなかった。
絵巻物や文献に見られるような角などなかった、恐ろし気な棍棒を構えてもなかった。彼女は丸腰で悠然としている。
ただ纏う雰囲気だけははっきりと、異形の鬼気を醸している。
一般人となんら変わりない神夜の中の鬼のイメージを打ち砕くには十分に、少女の容姿は可憐だった。
「っ…」
花の色をした冷たい眼差しに我知らず羞恥を覚え、神夜はパッと俯く。あまりにも不躾に見ていたと不意に罪悪感が込み上げた。
「その人間は鬼の敵ではないのか、何故殺さない……いや、殺し合わない」
少女は少女で嫌悪感に満ちた冷視で二人を見やりながら、訝しんだ風に詰る。稀然に向けられたろう言葉は猜疑心…
しんらつ せんさく
或いは辛辣な穿鑿。彼女もまた、稀然が鬼の血に連なる者だと悟っていたらしかった。
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