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「次の結界はお前が張れ神夜」
「なんで!? 婆ちゃんのが上手いし別に良いじゃん!?」
「やじゃ。わし疲れたもん」
「ちょ、何この人!」
「下手なりに練習になるだろこの際。身内を労れ」
「そうじゃよ稀然殿、もっと言ってやって言ってやって」
「二人してグルかよ!酷いわー知ってたけど!」
嫌そうな口振りで神夜がどかりと腰を落とす。掃除も嫌になったらしかった。
「…やってはみるけど、文句言うのなしね」
「えー」
「えーって何!? 怒るよ婆ちゃん!」
「キレ易い子はモテんのじゃよ神夜もっと牛乳飲まんとのぅ」
「あ、牛乳今朝なくなったよ言ってなかった」
「なん…じゃと!? 買って来い」
「買って来ます」
「待てコラ」
極めてナチュラルに、世代間格差を感じさせないテンションで繰り広げられていた天然家族の微笑ましいやり取りに、稀然は唯一の常識人として制止をかける。
全く同じ表情でくりっと首を傾げてこちらを見る素振りがシンクロしている辺り流石だが、半井家のボケ遺伝子は一子相伝的な何かなのだろうかと額を押さえたくなる。
「今までの話聞いてたか、外に出るなっつの。見張られてるかも知れないだろが……ってだからそこ!何を元気に駆け出そうとしてる!?」
「大丈夫だって〜そんな運悪く襲われたりしないって」
「っ…」
学校からの帰路も平気だったからと能天気に掌を泳がせる神夜に、稀然はがくりと肩を落とした。
しちりけっかい
「七里結界…!」
印を結び真言を唱え結んだ印を切る。程なくして、家の周囲をぐるりと覆う不可視の壁が築かれた。
「…微妙だな」
「いっ 良いの!頑丈ならっ…前より大きいのはサービスだからサービス!ほらリッチな気分っ」
眼前で出来上がったそれにストレートな感想を述べ、稀然は神夜の言い訳を聞き流す。結界は半井家の母屋を中心に歪な円形を描いて結ばれている。
以前の…最の張った物ならば家の外郭に沿って綺麗に無駄なく形作られていたのだが、術者が異なるだけでこうも変わる物なのかとしみじみ思う。
神夜は結界とか呪殺だとか、もたらされる結果に応用の利かない術が不得手だった。要するに失敗を手加減と誤魔化せない類いですぐに襤褸が出るのだ。
緊張に弱いと言うかへたれと言うか…結界障壁が微妙に歪むのは、昔からの癖でもある。
そんな雄弁過ぎる沈黙に耐え切れず、神夜は更にぶつぶつと言い募る。
「良いんだ…違いは個性だって先生が言ってた…うん大丈夫大丈夫…」
「練習、サボるなよ」
「………………………うん」
それ以上傷口を抉る言葉を選ばず簡潔に励ました友人に、神夜は素直に頷くしかなかった。
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