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民法では行方不明者は失踪から七年経つと死亡扱いとなるが、それまで保険は利かない。
神夜の場を弁えない不謹慎だが全力の絶叫と同時に、凄まじい勢いで襖が開け放たれ、一枚の符が一直線に飛来する。
べちっ
符は青い魚に姿を転じ、器用に尾鰭で神夜の額を叩いた。その勢いで後方の池にポチャンと落下し見えなくなる。見覚えのあり過ぎる魚の式の洗礼に、神夜は表情を輝かせた。
「婆ちゃん生きてたんだね!」
「ここまで生きて死んでたまるかいっ! 虫の息で孫に死んだ事にされるとは婆ちゃん悲しい事海の如しじゃよ!ていていっこの薄情者めっ」
「だって絶対どうせしぶとく…いや何か大丈夫そうな気がして…だうっ!!」
ベシッビシッバシッ
「へうっあうっ生臭い!魚生臭い!」
連続で魚が飛んで来るのを残らず喰らいながら神夜は悲鳴を上げる。ちょっぴり濡れてるのは魚のせいであって、泣けたからなんかではない。男の意地である。
「おぉよくいらしたの稀然殿」
「ああ…邪魔したな。動けるのか?あまり無理はするな」
「ほーぅら見よ稀然殿はこんなにもよく出来た子じゃというのに、お前と来たらこの祖母不孝者」
「くっこのマダムキラーめ…!別に羨ましくはならないけども!」
「なんの話だ。それで何があった?鬼が来たのか」
「そうだっ学校に黒刀が飛んで来たよ婆ちゃん!」
「うむ…」
散乱した周囲に目をやり沈鬱さを滲ませ、最は重苦しく頷いた。
因みに先程より語られている式について解説をするならば、こと半井家においてこれは折り紙で作った形代に下ろし使役される物を指す。式神と区別する為に式紙と記す事もある。
これら式紙は極単純な役割を果たす物で、個体の概念を持たない存在だ。使われる紙の色によりその意味が分けられる為、使役紙…式紙。
てんじんちぎ
変わって天神地祇、それに近い神格を持つ存在を請い願い降ろすなら式神。言うまでもなく遥かに上位の、強力な物である。その分扱いも習得も難しい。
通常、式神は紙符に降ろす事自体少ない。守護霊と称した方がよりイメージし易いだろうか…それに近い形で喚起され、覡自ら、もしくは神の座に相応しい依り代へと降ろす物だ。
この通常を無視して、神夜は自分が通じる神霊を符に降ろす事が多いが…それはまたいずれかの機会に。
そもそも半井家は特定の神のみに帰依してはおらず、古くは神道を源流に汲みあらゆる宗派の教義をその時代時流に採り入れて来た…非常に混沌とした無節操な宗派である。
その為、余所の神様とか関係なしに助力を乞う、実に逞しい家柄である。民間信仰に則して現世利益に応える事を商売にして来た、地域密着型の家系だからだ。
故に勉強量は半端なく膨大多岐に渡り、極秘裏に保管されている国宝級の神宝を扱う為に、神夜は悲鳴を上げる程古書を読み込まされたりする。というかそれが日常だった。
今回学校に来たのは名前の通り黒い折り紙の式、滅多にない事態…即ち半井家に常時結ばれている結界が破られた事を意味する、火急の狼煙であった。
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