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 今より遠い遥か昔、千余年も前の昔。
 世が平安の名で呼ばれていた頃…
         あんねい
 この国には人々の安寧を脅かす化け物が蔓延っていた。魑魅魍魎、化生、物の怪…それら妖怪の頂点に君臨し率いていたのが鬼である。

 彼らは時に家畜を襲い人を喰らい家を呪い、逆に村を救い神と崇められる事もあった。そして極稀に、人と交わり子を作り人として生きる者もいた。

 けれどやはり人々はその存在を畏れ、出来る限り自分達の生活圏から脅威を排そうと、彼らの天敵である異能の術者に縋った。
 平安の世には名だたる異能の天才がいて、その最高峰に名を連ねるのが名前を挙げるのも馬鹿らしいあの人と、それを目の敵にしていたあの人とかである。

 そして、半井家の遠い先祖でもある鬼女として人間達に討たれた摩利支天女の巫女紅葉。彼女は女神の加護の下、鬼と戦い見事人に害なす悪鬼を退けた。
 地獄、冥府、彼岸…誰もが思い描く最も過酷な死者の地、根の国黄泉の底へ。

 けれど国中に散在する人と鬼の混血児には対処出来る筈もなく、その子供らは皆、己の血統を知る事なく人の世で人としてひっそり生きて行った。
 やがてその血を継ぐ者達は自らはそうと気付かぬも、その人並み外れた能力で度々歴史を動かす英雄になったりもした。

 人の血が混じり徐々にそれは薄れ行くものの、鬼の血統は今も尚受け継がれている。
 もし後世に扉の封印が解けようとも、自らの手で己の生きる世を守れるようにと、摩利支天女が紅葉の血縁や子孫にも神と通じる力を与えたのと同様に。

 二つの血筋は途絶える事なく、やがて遠い未来で出逢う事となる。ある者は友として、ある者は敵として…
 それは宿命を捻曲げる為の必然的な出逢い。滅ぶか、新たに時代を紡ぐのか…全ては神のみぞ知る。

 いや、或いは神でも解らない───────








「稀然!!」

「!」

 昼休みの鐘を聞いた直後、購買に寄った筈の神夜が血相を変えてとんぼ返りしたのに、稀然は何事かと目を瞠る。
 硬く握り締めていた掌を無言で、しかし動揺を目一杯浮かべた表情で広げて見せた神夜の手元に視線を走らせ、稀然の表情にも驚愕が浮かんだ。

 それは誰が見てもただの黒い折り紙だろう、しかし何を模した形なのかは誰も解らないだろう。その意味を知るのは、それをただの折り紙としてではなく使役出来る者だけだ。
   こくとう
「こ、黒刀が…っ婆ちゃん意識ないんだ!」

「──────行くぞ」

 取る物も取りあえず校舎を後にし二人は、ただ全速で半井家へとひた走る。運動部の神夜に元々身体能力の高い稀然だ、捲し立てるような早口のやり取りを交えつつの疾走でも、速度を落とさず駆け抜ける。

「どうしようっ…婆ちゃんになんかあったら…!」

「鬼が、来たのかもな」

「っ…」

 友の低い呟きに、血の気の引いた神夜の顔が強張った。


 

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あきゅろす。
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