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 道路標識一本を犠牲にして、稀然は神夜を黙らせる。本当に頭に来た時の彼特有の笑顔を向けられ、神夜は悟り、無言で首を横に振る。かなり必死に首を振る。

 その先の台詞は言ったら殴る、何がなんでも全力で殴る。きっとそういう意味での公共物破壊だ。冗談で済ませるつもりじゃないんだ。

「…解れば良い」

「あいさー!」

 ビッと敬礼付きで屈服の意思を示す神夜に笑みの失せた稀然が黙して頷き、二人無言で通学路を歩む。
 自分達が公共物を破壊したのは通算何度目かと、埒もなく神夜が想起し…指を三巡折り曲げた所で思考を放棄する。きりっとした朝の空気にどんよりした物を醸しながら。




「…騒がしい」

 ぽつりと独語し、少女は腰に届く長い髪をはらりと掻き上げる。此方の世界では風変わりな…どちらかと言えば漫画やゲームキャラクターのような、着物を大分崩した形の…和風、と形容するのが精々と言った雰囲気の衣服。
 ぎょくずい
 玉髄と呼べるだろう透明度の高い澄んだ宝飾品を一つだけ胸元に付けた出で立ち。目立つだろうに不思議と誰も、彼女に視線を向けない。

 どころか、そもそもそんな姿をした者など最初から存在してないかのように、人々は少女を視界に映す事が出来ないのだ。
 少女は唯人の目には見えない、勿論見えるようにもなれる。しかし今は必要ない。唯人には見えない筈の自分の姿が見える者を、彼女は捜しているのだから。

 本当は連れもいるが、彼とは反りが合わないので別行動を取っている。
 久方ぶりに訪れた世界は想像を超えて様変わりしていた為、軽い様子見だけで夜が明けてしまった。小休止を取ろうと思えば鈍い音が聞こえ、足が止まる。

 まるで金属の棒を殴ったような、くぐもった破砕音───────

「…なんだ?この気配」

 妙に感覚器に引っかかる気がして、音の出所を息を殺して窺うと道端に橙色の棒きれが一本、へし折れて横たわっていた。
          かし
 空を写し取る角度で傾いでいる罅割れた丸鏡に、彼女の険しい視線が注がれる。しかし少女の興味はひしゃげた道路標識になどなく、そこに滞留する空気…
   ざんし
 その残滓に注がれていた。それは異形の、自分に近しい同族の者の残り香だった。そしてもう一つ…

「見付けた…この人間だ」

 例えるなら、異臭がした。この世ならざる者の気配を宿した人間の匂い…そんな物を持ち合わせるのは異形の者を使役し、神や鬼を調伏させる技能を持つ者しか考えられない。

 陰陽師、退魔師、道士…呼称は数あれどそれらは全て一言で括れば───────

「鬼の敵…」
      しきおに
 使い魔たる式鬼を放ち少女は標的を見付けた報せを託す。本当は教えたくなどないが仕方ない、生まれ損いの自分と純然たる鬼である連れとでは、明らかにこちらが格下なのだから。
 え ん じ
「焔爾を呼べ、獲物を見付けた」




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