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「なんと…」

「やっぱりそんな感じですかねぇ」

「此度の月の接近は動乱の前触れじゃ」

「新聞でもちっさく出てましたねぇスーパームーン、奇跡の天体ショーですもんねぇ。今年はなんか天体当たり年らしいですよぉ」

「神託は下されたのぅ…神夜」

「はあ、人間の尺度なんて足許にも及ばないスケールのでかい話ですねぇ」

 ズバンッ!
     のんき
 あまりに暢気なその様相に、最は手にした符の束で目の前に座る孫の頭をひっぱたいた。取って付けたような間延びしきりの、やる気皆無な敬語が凄く腹立たしい。

 文庫本程の厚みにもたらされてか、ヒットした瞬間ズバッと良い音がする。全力で振り抜いた甲斐ある中々の威力。やはり頼もしき紙様、攻撃力と厚みが比例する安定の合法凶器だ。

「…すんごい痛いです婆ちゃん」

 ぶすくれた渋面を作り神夜は素直に理不尽だと訴えた。しかし最は尚べちべちと叩き続けながら、よよと泣き崩れる…風を装っている。

「お前は事の重大さを解っておらん、否…解っておるのにふざけるな神夜。まるで人々の平穏なぞどうでも良いと言わんばかり、婆ちゃんお前をそんな薄情に育てた覚えはないわい」

 婆ちゃん悲しい!などと言い募る祖母に、他人の痛みが解ってないよ婆ちゃんと思いつつ、言い返す隙がなく沈黙を貫く。
 …と言うか終始べちべちと執拗な連打が続いており、突っ込むに突っ込めない。反論させるつもりがない見事な泣き落とし(物理)攻撃だった。

「…まだ解っとらんな?」

「いえ今一秒で理解しました大変ですね物凄く力一杯」
 うろんげ
 胡乱気な眼差しを向けられ即答でまくし立てた神夜に溜め息を吐いて、最は符を脇に置き直した。
 この孫は真顔で無難な事を言う時は大抵、ろくすっぽ考えてやいないのだ。頭の回転は決して悪くはないのに、思考を巡らせる事を面倒がる、怠惰な性情が玉に瑕だった。

「この世を守りし千年の封印、夜の扉が開かれようとしておる」

「…はい」
          がかい
「もしも封じの全てが瓦解すればこの世は再び、魑魅魍魎の跋扈する荒廃の地になりかねん。僅かじゃが…既に道は開かれたようじゃ」

「もう…!?」

「黄泉の軍勢がいつ這い出して来るやも解らん。しかし確実に鬼は人々を狙うであろう」

 多くの鬼は人喰いだと言う、放っていれば数多の犠牲者が出るだろう。今の人々は彼らに対してあまりに無力…惨事は免れない。

「っ…それは大分不味いんじゃ…」

「心しておけ神夜」

 鬼は必ずや自らの天敵、覡の術者を抹殺せんと謀るだろう。即ち自分達が真っ先に狙われる可能性が高い。そう抑揚なく告げた最の表情は険しく、神夜も知らず引き締まる。
 彼は文献にあるような本物の鬼と対峙した事がない、その恐怖は一般人のそれとなんら変わりない感覚だった。

「かくなる上は稀然殿にも協力を仰ぎ、警戒を怠らぬように」

「…はい」

 ああ厄介な事になりそうだと神夜は内心盛大な溜め息を吐いた。その程度の認識しか実感に伴わなかったのだ、恐怖と呼ぶには遠過ぎる薄っぺらな億劫さ。この時は まだ……




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