二組名物殿様担任



 職員室と言うのは存外ざわめきに溢れた空間である事をご存知だろうか、にも関わらず入室に静けさを求める文言をドア付近に掲示するなど愚の骨頂だと、早瀬は常々思っている。
 中はそれなりに賑やかしいのに、静かに入ったって気付かれやしない。すなわち、ならば、尽く、我が物顔で堂々と当然のように入れば良いと、彼女は思うしそのように立ち居振る舞う。

 そう、両手が塞がっているのだから仕方ない、はきはきと担任の名を呼びドアを開けろと要求する。これはもう、両手を塞ぐ程の用紙を運べなどと言い付けた担任のせいであるからして、実に仕方ない事なのだ。
 例え第一声が“杜之外教諭、ドア開けてくれなきゃローキックかましますよ”だったとしてもだ。

「失礼します」

「おー早瀬、大義であった褒めて遣わす。用紙プリーズ」

「喰らえアホ殿」

ドシャ!

『───……』







「…知ってたか早瀬、四百枚以上束ねた紙は凶器になるんだぞ。先生も今知った身を以て」

「知っています安定の攻撃力流石合法鈍器紙様、実に心地よい光景…もとい直撃音でした苦しゅうない」

「先生の顔面は痛苦しいのですが早瀬委員長」

 その四百枚以上のそれなりに重いお使いを委員長だからの一言で押し付けられてみろ、そりゃあ直接怒りをぶつけたくもなるから。

「…と言う訳で直にぶつけてみました。生徒だからって人を顎で使うとか良い度胸、ちょっと全身のバネ使ってアッパー叩き込みたい心境」

「ホントありがとうございます早瀬様委員長様どうぞヒラに、ヒラに〜」

 デスクチェアの上で正座からの土下座をやってのけた殿様担任こと杜之外に、早瀬は冷ややかな笑みでちらつかせていた握り拳を解いた。
 早瀬理依のりいはブルース・リーのリーに因むと本人が語った時、担任を含めたクラスメイト男子一同が戦慄すると共に深く納得したのは専ら二組の伝説である。

「…命拾いしましたね先生」

「うん掌を返す時は鮮やかに全力でないと長生き出来ないぞ。これ先生の教えな」

「無駄な知識だけ増えて行く…こんなのが担任とか有り得ない教員免許持ってるとかマジない」

「世の中にはな早瀬、奇跡が起こるタイミングってモノがあるんだぞ」

「…ホント有り得ない…」

 生徒と同レベルか、最悪それ以下のおよそ大人気ない物言いにこの担任は反面教師くらいにしかならないモラトリアム中年と、早瀬は呆れきった溜息をこれ見よがしに吐いた。
 その白けた眼差しを誤魔化すように殿様担任は褒美を遣わそうほれ、と早瀬に掌大の蜜柑を差し出す。明らかに貢の品と言った方が良い様相だ。

「蜜柑食ってくかお駄賃に」

「デコポンじゃなきゃ嫌」

「えー…」

 それでもまあ、悪人ではないのだ。この担任は。それくらいの情けはかけてやろうと早瀬は杜之外のデスクから、蜜柑の影に潜んでいた栗羊羹をかっぱらって朗らかに笑んだ。

「ありがたく頂戴しますよ、上様」

「あ────っ…!」

 おやつ取られた!とイイ年した大の男とは思えない情けなさ過ぎる悲鳴に、ベテランの女性教諭が目くじらを立てる。

「杜之外先生お静かに」

「ぎゃふん!」

 ざまぁ!と声を大にして叫べないのが実に、至って、至極、尽く、全く以て残念だ。



お安くないのよ

早瀬様は委員長様です。



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