遭遇生徒会執行部室



「最終下校時刻だ。校内にいる生徒、部活動顧問の許可のない生徒は、速やかに下校するように」

「おや…もうそんな時間デシタか、ご苦労ですネ芝くん」

 カツン、と硬質なノック音と共に佇んだ風紀委員長、芝。お世辞にも人柄良さそうには見えない彼の凶相に、おや、と表情を和らげる異国の風貌。
 留学生でありながら、生徒会長の座を射止めた男、オリバーは好青年と評して差し支えない笑顔で、生徒会役員を見渡した。
 幸い、本日の業務は滞りなく済んだ所だ。居残る理由は既にない。それを見て取ったからこそだろう、芝は遠慮なく通告する。

「…速やかに帰宅しろ。生徒会執行部」

「そうしまショウ皆さん。早くしないと芝くんが、スーパーサイヤ怒髪天を衝くでショウから」

「はい会長」

「ぷすっ…ウケるんですけど会長! あの風紀委員長に面と向かって」

 さっさと席を立つ篠原の傍らで、噴き出した金髪の男は会計の役職を務めている。風紀に目を付けられる風貌である為、殊更、風紀委員長がネタにされる事を喜ぶ傾向がある。

 軽薄と言うにはより純然と、ちゃらけた性情と断じて良い。しかし自ら油を注ぐ男…馬場は、芝にギロリと一瞥されただけで呆気なく縮こまる肝の小さな輩だ。
 彼の人と成りを言い表すには“度胸のないレトリーバー”で充分だ。奇しくも馬場は愛犬家であるらしいので、実にそぐった物だろう。

「会長窓の鍵、確認宜しく」

「はい問題ありませんヨ篠原女史。しっかりガッチリ戸締り完了です」

 対して、柔和な物腰であるのに、芝の眼光にこれっぽっちも怯む事がないのが、この生徒会長だ。まだ勉強中だと言うややズレた日本語で、積極的に芝とも会話を試みているらしい。
 仲が良いとはお世辞にも言えないものの、二人が話している様子は、案外よく見かける光景だ。大概芝が怒気孕んだ突っ込みを入れているだけのコントと化しているが。

「呑気な物だ全く…」

「急がば回れワンと鳴くです、芝くん」

「会長それ混じってる! なんか色々おかしい!」

「マジですか」

「お、会長がマジの使い方を覚えた」

「ちゃちゃちゃーん、会長の日本語レベルがアップした!」

 馬場の冷やかしと茶々で会話が継続してしまえば、結局退室が遅々として進まない。不機嫌さをいや増す芝の冷ややかな双眸に、そろそろか、と見切りを付ける。篠原は芝の鼻先を横切り、さっさと生徒会室を出た。

 形だけでも退室の呈を取れば、理不尽な怒りを寄越したりはしないのを了解済みだからだ。クソ真面目と言うか、バカ正直と言うか。存外不自由な男だと篠原は思う。だからこそ、風紀委員長に最も相応しいとも思う。

「さっさとしろ貴様ら、罰則喰らいたいか」

「わーぉ横暴だなぁ風紀委員長様」

「その辺にしときなさいバカ……馬場」

「あれっ 今凄い悪意の弾丸が掠った気がするんだけどマユミン!」

「気のせいよバカ」

「今しっかり聞こえましたがあああ! 酷いよ会長、マユミンが俺をバカって言うんだ!」

 バカ…馬場がワッとオリバーに泣き付いた。その背中をよしよしと叩いてやりながら、オリバーは篠原にこて、と首を傾げて問う。

「それは酷いのでショウか?」

「全然」

 微塵も揺るがぬ悪意なき声色。ただ真理を真理と語るだけであるかのような迷いなき断言。それに尤もらしく頷き返し、彼女のイエスマンと化して、オリバーは成程と晴れやかな笑顔で馬場の肩を叩いた。

「篠原女史がそう仰るなら、そうなのでショウ。気のせいですヨ馬場くん」

「何この理不尽!圧政にも程があるよ!」

 こと生徒会役員において、彼は女性役員の声を何より重んじる男である。大きな事から些細な事まで、生徒会執行部の方針のほとんどを決めるのは、実質、日参列席者であり女子である会計監査の篠原だ。

「畜生男子差別反対!」

 あまりにぞんざいな、すげない対応。味方がいないと叫ぶ馬場に、遂に傍観していた芝の糸が切れた。

「とっとと帰らんか!バ会長と愉快な仲間共!」

「ひとくくりにされたわ…」

「ドンマイです篠原女史」

 鞄を手にドアを潜ったオリバーの笑顔は、やはり微塵も曇る事なく。ビリリと刺さる芝の怒声をも、さらっと聞き流している様子に見えた。この人も大概喰えない男だと思う。

「皆俺にもっと優しくして…むしろ俺に恋して尽くしてよ!」

「施錠宜しくバカ」

「うわあああああん! マユミンの鬼、クールビューティー! また明日ね!」

「夜道はお気を付けて、篠原女史」

「じゃあね」

 最後の最後まで騒々しいままの馬場には一瞥もやらず、篠原は歩き出す。が、背後で微かに零れた芝の声に、一度足を止めた。

「ちっ…相変わらず姦しい連中だ」

 柄の悪い舌打ちと共に吐かれた台詞に、特に反論する気はない。しかしずっと、篠原には気になっていた事がある。
 芝は基本真面目堅気な男で、他の生徒を説教する事はあっても罵倒する事はない。あの馬場にさえ馬鹿呼ばわりなどしていない。

 にも関わらず、オリバーには平然と罵倒を交えているのだ。何故あの好青年然たる彼にだけ。他人の目を憚る事なく、芝がオリバーをバ会長などと口汚く呼んでいるのが…ずっと不思議だった。

「…風紀委員長、なんで会長を目の敵にしているの?」

 答えがなくとも別に良いと踏んだ問いに、しかし律儀に返す芝はやはり真面目に過ぎる男だった。

「信用ならない輩だと知っているからだ」

「………」

「良いから下校しろ。バ会長の言うように危険回避に努めて帰宅する事だ、会計監査」

「…そうねありがと」

 貴方が知っている会長がどんなかは知らないけど、それが本当に真実であるなら、むしろ関わり過ぎているんじゃないかしら。そう言おうとして、いやと篠原は口を閉ざす。

 不安要素に目を瞑れないタイプなんだろう、この風紀委員長は。そう結論付けて篠原はそっと、視線を引き剥がした。
 何があったとかどんな確執がとか、そんなのに興味はない。彼らなら、首を突っ込む程には大きな存在じゃない、自分にとっては。

「一緒に帰りマスか芝くん」

「断固拒否する」

 それに、なんだかんだそんな不仲な訳でもないでしょうと、篠原は意味のない溜息を吐いた。







(水と油?)

(犬と猿?)

(猫と鼠?)

(いいえ多分あれは檸檬と牛乳)





仲が良いのか悪いのか、後味の悪さがいけないのか

芝さんは会長が嫌いです。会長は別に芝さんを嫌ってないです。



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