衝撃的発言にて
「あ、芝さん」
曲がり角から現れた影に、斎がぽつりと声を上げる。こちらに視線を寄越した男は癖毛を揺らし無機とした声でああ、と短く応えた。
「…加藤…と滝か」
「芝やん」
おお、とぶらりと手を上げて返す滝に倣い大気も目礼する。見知らぬような、微かに覚えがあるようなその男は刃物を思わせる双眸を…いやぶっちゃけヤクザのような凶相をしていた。
ただ視線が向けられるだけでどことなく後ろめたくなるような、背筋が伸びるような、そんな気分にさせられる。内心怖気づく大気の存在は意に介さぬ様子で、すう、と鋭利な眼差しが背後を射抜き、得心が行った風に彼は唇を開く。
「ああ指導室か…白川はどうした?」
「フケたで」
「こ、光ちゃん」
不良の呼び出しとその面子を把握しているなら、恐らく男もまた風紀委員なのだろう。しかしちょんまげと良いこの男と良い、風紀と言うには些か不良らしさ溢れていないか。
特にこの癖毛の男は最早不良を通り越して若頭とかどこそこの組の跡目候補とか、そんな堂に入った物を醸してるぞ、とおっかなびっくり観察している大気の内心など知る由もなく、彼は滝の告げ口に眉間の皺を深めた。
「………………………………チッ」
「怖!芝さん怖ぇ!」
「風紀委員長とは思えん邪悪な舌打ちやんな」
怯え上がる斎に淡々と評する滝、どちらかと言えば斎よりの感想を抱いた大気は初対面でこれ幸いとひたすら空気に徹するのみだ。
「野郎どこ行きやがった…覚えていろ」
「悪!台詞がまるきり悪役ですが芝さんんんん!」
…ていうか、邪悪だなウチの風紀委員長おっかねえ!俺は風紀の世話になる事なんてないから多分二度と会わないだろうけど、二度と遭遇しませんように!
思わず心で十字を切った大気の傍らで、飄々と滝は風紀委員長に軽口を叩く。
「自分絶対不良のが似合うて」
「光ちゃんんんん!」
不吉な事を言うなとばかりに悲鳴を上げた斎と大気を余所に、芝は憤慨するでも笑い飛ばすでもなく、ただ平然と言ってのけた。
「いや、そういうハジケ方はもう卒業したんだ」
「芝さんまさかの元ヤンカミングアウトっ!?」
「元ヤンとは言っていない」
じゃあ何だってんだ。などと突っ込むに突っ込めない。まさかそんな意味深な切り返しが来るとは思ってもみなかった。もし堅気の人間は知らない方が良いような何かだったら立ち直れない。
絶対掘り下げるべき話題じゃないと、大気はあらぬ方へ視線を泳がせ全力で他人面だ。頑張れちょんまげ今はお前が頼りだと敵にエールすら送っている。
「なんでや勿体ない。自分程アウトローがぴたんこな男もそうおらんで」
「別に不良だった訳ではないと言うに。確かに人の道を踏み外しかけてはいたが…」
「あんた何仕出かしてたんですヤンチャ時代に!」
人間って何やったら人の道を踏み外せると思う大地くん…と現実逃避の中で描いた弟は淡泊に、考えんなと答えた。現実の大地なら確実に無視していただろうから、やっぱり想像の中の弟は多少都合よく無駄にリアリティを備えたまま、兄への優しさが微量プラスされている。
「恐ろしい男や」
「だが元ヤンではないからな」
「そこやたらこだわりますねっ!? 不良にトラウマでもあるんですか!」
「まーまーイッキ、ほんならほんで別にええやん?俺もう胃空っぽで死にそうやねん」
いやむしろトラウマ量産する側じゃね?と胸中で吐露する大気の傍で、滝がマイペース全開でぽつりと空腹を訴える。前後の会話なんて既にどうでもよくなっているのだろう、説教が長いせいでと責任転嫁に走る滝に斎も疲れ顔だ。
「腹減ったでイッキ」
「今この流れで言わんでも…!じゃあもう早く帰ろう光ちゃん、寄り道しないで」
「買い食いするなよ滝、そして買い与えられるなよ加藤」
「え、はい芝さん」
「チッ 読まれとった…」
ああ共犯にして口止めする気だったのね滝さん。と言うか買い与えられるなって忠告が成立し得るちょんまげぇ…やっぱり歪みなくアホの子かい。
大丈夫なのだろうかウチの風紀委員会は。俄にそんな不安が過った。そして図書委員で良かった、心底大気はそう思った。
「明日の放課後、白川を引き摺ってくから手伝ってくれ加藤。では真っ直ぐ帰宅するように」
「あ、はい……………引き摺ってく!?」
あ、絶対文字通り引き摺る(物理)だわ。そう確信して大気は颯爽と踵を返した芝の迫力漂う後姿を終始無言で見送った。出来ればあの人にはもう遭遇しませんように。
「ごっつ嫌な宣言残して去りよったな芝やん、白川ザマァ」
「光ちゃん根に持ってんだね…」
(白川引き摺るんやったら手伝ったるわ)
(引き摺るだけで済む気がしないんだけど!)
(保証は出来ひん)
(ダメだわ俺あの人なんか苦手だわ…)
恐怖は時として凪らしい
意外にも風紀委員長とも親しげに喋れる滝さん
[←][→]
無料HPエムペ!