遭遇進路指導室前
「うお、やっべやっべ！遅れてんな俺ー、社長先に図書室の鍵開けててくれてると良いけどー」
図書委員の仕事は放課後が本番だ、ましてや相方が女子とあれば待たせる訳には行かないとチャラいんだかちょこざいなんだか解らない義務感に駈られ、大気は速足で廊下を過ぎる。そのまま角を曲がろうとして、しかし叶わず肩を掴まれ歩みを止められた。
「おいこら、廊下走ってんじゃねぇ」
「はぁ？どこの小姑だお前は！今急いでん…「ほーぉ風紀委員の前で堂々と反抗たぁ良い度胸だなこらぁ」
「あー…うん悪かったです気を付けますサーセン」
潔く掌を返した大気の脳裏には一瞬、殿様担任の不甲斐ない姿が想起された。何故かは解らないが生き残れた気はする。
「…っテメ、岡山大地!!」
しかしこちらの風体を見定めた自称風紀委員は、怒りを露わにした形相でズザッと飛び退いた。それはさながら天敵に遭遇した猫のような反応で。
「えっ 大地くんのお友達その２!?」
「誰が友達だこら気っ色悪い！」
「ちょ、大地くんの事かもしかして気色悪いっつったかこのアホ髪野郎！」
唾棄の勢いで断じた男に大気は内心あ、かっちーんと宣言した。この野郎今俺の弟を愚弄しやがりましたよ裁判長、うむやってよし！
そんな脳内劇場一人芝居を一秒ないしで終え、大気は憤然と男の特徴的な前髪に掴みかかった。と言うか毟りにかかった。
「なんで前髪ちょんまげ結びしてんだ、男が赤いゴム使うとかアホ丸出しだろ！おのれ大地くんの仇！」
「いだだだだだだっ！触んな人のチャームポイント！テンション変だぞ岡山大地!! いつもより馬鹿っぽい！」
「馬鹿っぽいは否定せん！何故なら俺は大地くんじゃないからな！相葉大気だ覚えてしっかり見分けられるよーになれちょんまげ!!」
「抜くな抜くなアホ！ …ん？今なんつった？」
容赦なくぎぎぎと抜きにかかられ、髪が軋むのを阻止しようと足掻くちょんまげ男の腕が止まる。それを清々した顔で見下ろし、大気はふんと荒っぽく鼻を鳴らす。
「相葉大気だ。大地くんは俺の弟だ」
「…相葉？弟…「察せ」
「つまり顔が同じ岡山大地(仮)は岡山大地の双子の兄か」
「胸を張ってその通りなんだぜ。お前も大概馬鹿っぽいがなちょんまげ」
自己紹介と言うには乱暴な挨拶を経て、二人は壁に凭れへたり込んでいる。ヤンキー座りが極自然に出来るこのちょんまげ男が風紀委員だとは、何とも似つかわしくない気がした。
「…あいつと同じ顔でノリがこれとか面白いな。なんかもっと喋れ」
「お前明らかに俺ら両方に喧嘩売ってるよな！先生呼んで良い!? 風紀委員が虐めるんですって全力で訴えんぞ!?」
おもちゃ屋の店頭でディスプレイされている電動ぬいぐるみでもあるまいし、と憤慨を込めて声を張った大気にちょんまげ男はむ、と真面目に顰め面をした。
「それは困るから駄目だ。しかし個人的に岡山大地が嫌いなのは仕方ない、よって同じ顔したお前にも同じムカつきが込み上げるのは生理現象だ実に仕方ないな！」
「横暴だなこのちょんまげ…」
「ちょんまげじゃねぇ名付けんなアホ、加藤 斎だこら岡山大地の兄」
クソ真面目なんだか大呆け野郎なんだか判断に困る。この男終始冗談抜きで心の底から本音で喋っている。
これはもしや二組が誇る謎言製造機コンビに勝るとも劣らない一級品の天然者かも知れないと、大気の背筋に俄に冷たい物が伝った。
「もういっそ馴れ馴れしく呼び捨てろよちょんまげ。個体識別してくれよ、まどろっこしいにも程があるちょんまげ」
「弟並に腹立つなこいつ！」
「なんでウチの大地くん目の敵にしてんだちょんまげ、包み隠さずまるっと吐いてご覧よちょんまげ」
出来るだけ敵意のない、脱力感を全面に押し出した変顔で問えば、ぶふっ馬鹿っぽいウケる…！とちょんまげが噴き出す。意外に笑いのツボが浅い男のようだ。
「まああれだ、その昔オレが好きだった女の子が岡山大地と言う男を好きだったからだ。以後ムカつく奴でしかなかった。よって激しく嫌いだ」
「暴君か」
笑声交じりの声音でちょんまげがケロッと白状した言葉に、大気は間違いなくこの男はアホだと確信した。
「だからお前が岡山大地と同じ顔で馬鹿っぽくしてると微妙に気分が良い。もっとなんか喋れ」
「お前なんか全人類から振られちまえちょんまげ」
(つーかなんでちょんまげ？)
(ちょっとズレた感じが入ってる方がカッコ良く見えるってねーちゃんが言ってた)
(………)
(ゴムもねーちゃんがくれた。赤はヒーローカラーだからカッコ良いって)
(………アホの子だこいつ…)
ヒーローになればモテると思っていた、そんな時期がありました
自称ライバル。しかし双子弟は相手になどしない
［←］［→］
