慟哭
出社した神羅は見た目は平常通り、ごく普通に朝の活動を始めていた。広いエントラスロビーの受け付けの顔見知りの女性社員も、いつもと変わりない笑顔を私に送ってくる。
昨夜のジェネシスの件は、セフィロスが動いている。
「第二社内秘か…」
ポツリと呟いて、真新しいIDカードを見つめる。
「……レノ、午前中はアポイントを全部キャンセルして、部屋に誰も入れるな。幹部連中が来たら、夕方の会議には出ると言っておけ。ルード、ヴェルド主任に昨夜の件の報告書を提出するように言っておけ」
私は自分の執務室に籠もり、今まで知りたくて堪らなかった"第二社内秘"のファイルを食い入るように見ていた。
『セフィロスのデータは確かに虫食いだな。戦果、功績、基礎体力のデータは腐る程、あるが…』
出生地や生育場所、果ては血液ファイルさえも、第二社内秘には載っていなかった。試しに自分のファイルを見てみたが、こちらが恥ずかしくなる程の細密さで、出生からの緻密なデーターが連なっている。趣味や嗜好、性格、宗教の有無さえも他人によって書かれたファイルにうんざりして、そこを閉じた。
タークスの活動も、それは酷いものだった。延々と続く尾行のレポート、一般市民は元より神羅幹部まで時には付け狙われている。
暗殺の実行、それも数人ではない。社内発表では"殉職"とされていた人物も、やはりタークスの仕事だった。
レノとルードも下っ端ながら、アバランチのアジトへの潜入などを、何度もこなしていた。
「私の護衛など、天国じゃないか。二十四回負傷……よく生きてるな」
ジェネシスのファイルは、第二社内秘から全てがすっぽりと消えていた。全データーが第一社内秘に移されたようだ。
逃亡犯の扱いとは言え、最初から居なかったかのような処置。
彼もまた、これまで神羅に逆らった人間たち同様、消されてしまうのだろうか。
『私を、見捨てるのか──』
またあのジェネシスの言葉が、胸にのし掛かった。セフィロスは確実に、彼が捕まった後には、それなりの処分が待っていると分かっている筈だ。
『わざと逃がした…いや、有り得ない』
あのセフィロスが神羅を裏切る事などない。セフィロスの功績と相まって、神羅の"優良"企業としての評価は高まった。親父は裏で汚い仕事を山のようにしながら、市民達から称えられる名士の地位に固執している。自分たちが仕掛けたテロをソルジャーらに解決させ、凱旋を行った事すらある。
セフィロスは言わば、日の当たる仕事を多くさせられてきた。誰が見ても、殺して当然と見なされる相手とだ。人々はまるで活劇を見るような感覚で、セフィロスの活躍に熱気し、彼を崇拝している。
だから彼は、「英雄」なのだ。
世界中で彼の名を知らぬ者などいない。
セフィロスは今まで一度たりとも、神羅のいかなる命令にも逆らった事はない。そしてミスを犯した事もない。社内秘のこのデーターもそれを雄弁に物語っている。
「まるで神羅の機械のようだな、セフィロス……」
私は「英雄」たるセフィロスの将来を、この手に自由に出来る立場を恍惚として感じた。
「偽善者の親父の時代では、セフィロスも可哀相に。親父の跡を継げば…セフィロスは私の物か」
いやでもセフィロスの事を考えてしまう私の耳に、ドアのノックの音が響いた。
「若社長、ソルジャー総括が報告書を持ってお見えです」
ソルジャー総括? タークスのヴェルドではないのか?
入ってきたのは、私と余り変わらない年齢の男で、私は少々面食らった。
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