[携帯モード] [URL送信]
ネバーランド終焉
誕生日プレゼントっていうのは、相手が欲しいものをあげればいいのか、それとも自分が相手のために考えてプレゼントを選べばいいのか。
そんな不毛な悩みで頭いっぱいの3月の初め。「プレゼントは君がいいな」となんとナンセンスな贈り物にえっとたじろぐ。テスト前だけどなと思い返す前にマフラーにうずくまって、こくんと頷いていた。



誕生日は君といったって、訪ねた精市の家にだれもいないからといったって、別にそういうつもりはない。そういうのっていうのはつまり、コート以外脱ぐつもりはないってこと。


ピンポーンとまぬけな音を鳴らしてみると「やあ、いらっしゃい」ともっとまぬけな精市が笑顔で出迎えてくれた。ブルーの淡いチェックのパジャマが適度にくしゃっとしている。
「まだ寝てたの?」と聞くと「昨日楽しみで眠れなくってさ」なんて上手い言い訳だ。寝癖がついている、くせっ毛な髪を、背のびして軽くひっぱってやった。


俺の家族からのプレゼントはね、と精市が隣に座ってホットミルクを飲みながらいう。誕生日に家でひとりでいてほしいっていったんだ。
するとどこからかDVDをとりだして「なんか見よっか」とおもむろにテレビをつける。がちゃがちゃしたバラエティーと、昼下がりの気持ちいい日差しが似合う精市の家とはどうしても似合わない気がして、でもそのアンバランスさがなんとなく精市にとてもよく似ていてふふっと笑ってしまった。


なに笑ってるの?不思議そうに首を揺らしながらも、だけど嬉しそうに精市は訊く。精市は私が笑うのが好きらしい。「俺のになってからふふって笑うようになった」かららしい。笑い方も似てしまったらしい。精市の、になってから。


洋画は苦手だ。精市が「なにか見ようか」というときいつも洋画だ。たぶん精市は私が洋画が苦手なことを知っている。それを知ってていつも見るのだ。


開始10分もしないうちに早くも睡魔が襲い掛かってきた。よく寝てぱっちりな精市のぶん、私が精市の眠気をすべて引き受けてしまったのかもしれない。
油断していると首が無意識にかくんかくん落下しては起き上がる。
精市は笑いをこらえながらも私の髪を細部までなでている。髪の毛一本も愛している、なんて古めかしい愛の言葉を囁かれている気がして、それがなおさら心地よく睡眠を促進させる。


全然関係なことを考えることにした。今頃精市のお母さんたちは若い私たちが、昼にもかかわらずセックス三昧してるだろうっとずっと思い込んでいて、いらいらしてるんだろうなと考えてみた。いや、精市のお母さんなのだからふふっと余裕そうに笑ってるのかもしれない。息子の成長ぶりに?
どちらにせよ、素敵だと思った。こうして自分の息子を誕生日にひとりにさせられることが。


ことん、と急に右が少し重くなった。なんだろうと肩のほうをみると、精市が自分の藍色な頭を私の不安定な肩に預けていた。精市のどこか異国の宝石のような瞳で、どこか遠くをみていた。


「子どもはずっと子どもだと思っていた」


画面が流れる。白黒な男女が静かに抱き合う。優雅に時間が流れるこの部屋で、精市の唇だけが自発的に動く。


「毎日背負っていたランドセルが重くて、なおさらそう強く思ってたのかもしれない」


こどもはこども。大人は大人。小学生は小学生、大人は大人、おじいちゃんおばあちゃんはおじいちゃんおばあちゃん…ずっとそういうふうに思っていた。


「でも、小学生だった俺は中学生になり、大人だっておじいちゃんおばあちゃんになり、おじいちゃんおばあちゃんはそして棺桶に…」


俺たちも、棺桶なんだよな行き先は。彼の心臓の音が聞こえてきた。ペースメーカーじゃなくてよかった、じゃない。
こうしている内にも私たちは一歩ずつ死に向かってる。呼吸一つ、心音一つで死への行進が死ぬまで迫ってくるのだ。二度と目を開かない、そのときまで。


「俺、年取るのこわい」


難病を患って生死の境を彷徨っていたから、なおそう強く思ってしまったのかもしれない。普通の人はすんなりと受け入れるそれを彼は敏感に察知してひとり、怯えていた。
こうして誕生日が来ることだって実は、恐ろしかったのかもしれない。もしかしたら昨日の夜、誕生日が来るその時まで、ふとんにくるまって震えていたのかもしれない。


精市の心臓の音がする。目を閉じて静かに呼吸をしている精市がいる。なんだか今日の精市は、いつもの強い精市じゃない。静かで弱く、脆い。抱きしめてみても壊れてしまいそうだった。

いや、違う。
最初からずっと精市はそうだった。
"強い精市"は私が勝手に押し付けた理想と幻想。


「それじゃ」


もうすぐ眠ってしまいそうな精市に、まるで子守唄を歌うようにして言葉を探す。精市はただただ黙って、長いまつ毛だけがひとりゆらゆら揺れる。


「それじゃ私たちやっと一緒に年をとっていけるね」


私ができることは、私が精市のためにできることはただただ彼に何かを伝えることだった。
子供の頃は楽しみの象徴だった誕生日が、死を怯える恐怖の日となってしまった精市に、一緒に傍にいてふたりで同じ空間にいることだけだった。


「一緒に年をとって、一緒に同じものをみて、一緒に楽しいことや悲しいこともいろいろ乗り越えて、同じことを感じられるん…きゃっ」


がしっと強く、だけど引き離せばすうっと落下してしまいそうな脆くて頼りない腕だった。精市はむしろすがるように私を抱きしめる。


「すきだ」


その愛の言葉はあまりにも細すぎて、空気に溶け込んでいってしまいそうだった。白黒映画はエンドロールを迎える。だんだん上から降ってくる重さに耐えられなくなって、ソファは軋む。


「すごくすきだから…」


助けて、と聞こえた気がした。聞き間違いでもないかもな、と私も懸命に応えるように彼の腕を抱き寄せる。赤ん坊のような離したら壊れてしまいそうな脆い腕だった。
私は精市を守る。この不安定でいつも怯えている彼を、彼が一番恐れている死を迎えてしまうそのときまで、私は一緒に傍にいるのだ。彼と一緒に年をとるのだ。子供のままで砂時計が止まることはない。二人で私達は大人になる。そして二人で―――。


精市、と呼びかけてこのまま心中できたら素敵なんだと思う。
だけど誰一人、そんなことは望んでいない。私達は生きていかなければいけない。どんなことが起こっても。瞬間瞬間に自らの身体が老い、というものに蝕まれたとしても。


「精市、お誕生日おめでとう」



ネバーランド終焉


――――――――――
まさかの幸村BD小説3日遅れ…


[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!