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ラストソングス
歌が聞こえる。


鼓膜に懐かしくリフレインするのは、あのメロディライン。口ずさんでしまいそうになるあのフレーズ。そして肩を抱き寄せたときかすかに香るシャンプーの匂い。


まるで私たちみたいだね、ぽろっとこぼした彼女の言葉は本気かどうかはわからない。自分もそうだね、といって手繰り寄せた彼女の腕を、なんだか恥ずかしくなって離してしまった。


今思えばあんなささいなことでも彼女はとても傷ついた表情をしてたのかもしれない。だけどあの頃の自分はそこまでの余裕はなかった。
好きな子と自分の部屋でふたりきり、親はいたけど心臓はばくばくだった。沈黙が怖くなって思わず手を伸ばしたCD。彼女の反応が怖くて途中で切ってしまったラブソング。


なにもかも初めてだったんだ。


別れた原因は、俺のテニス部のあまりにも多忙すぎたためだった。たしかにあまり会ってなかった。
会ってないくせに、連絡も部活で疲れて全然彼女を構ってやれなかった。たぶん、彼女には寂しい思いをさせたんだと思う。俺を好きになってくれた分だけ。


「幸村くんはもっと好きなことしていいよ」と届いたメールは、やさしく振られたメールのはずなのにきっちり保存している。
着メロもメールの受信音もあのいつか二人だけで聞いたあの曲。
今日もまた携帯電話を開いては、ひとり落胆する。そんなになるならなぜ引き止めなかったんだろう、と自分に問いかけても、あいつには俺よりふさわしい奴がいると身勝手な言い訳をそそくさとつくる自分。


そんなの違う。
俺は逃げたんだ。
初めて、っていう響きのせいにして彼女と心から向き合うことに。


「幸村くん?」


ばちっと大急ぎで携帯電話を閉じて振り返ってみると、あいつがいた。元カノ、というべきだろうか。三ヶ月前に振られた元恋人。


「えっ、なんでここに?」
「幸村くんテニス頑張ってるのかなぁって思ってなんだかここに来ちゃった。まさか幸村くんに会えるとは思ってもみなかったけど」


あぁ、やっぱ変わんないなとなんだか嬉しくもあり寂しかった。あれだけ会いたかった彼女の顔をあまり直視できない。
照れもあって、それとあのかつての甘い想いがぶわーっと再び湧き上がってきた。あいたいあいたい、すげーすき。

俺も変わってない。
俺はあのときも今も彼女のことが「すげーすき」だったんだ。


「今から部活なの?」
「いや、今日はミーティングなんだ。大会のことでさっきみんなでメールして知らせてたとこ」
「やっぱ部長さんやってるんだねぇ」


彼女は風に吹かれて、どこか遠い目をしている。幸村くんはやっぱり遠かった、彼女のくしゃっと笑う姿をみて、今すぐ駆け出して抱きしめたくなった。
でも今の俺にそんな資格はない。


「私テニスをしている幸村くんが一番好きだったから」


過去形にしたくない、と強く思った。まだ俺たちは終わらせたくない。まだまだ始まったばかりだったのに。
これからたくさんの日々を二人で過ごして二人で笑って二人で泣いて二人で寄り添って歩いていたかったのに。


「あのさ、俺たちもういちど」

そのときあの聞きなれた歌が、俺と彼女の間に流れた。メールだ。俺の着メロはあのときのあの歌だった。終わるはずがない、まだ始まりだったあのころの俺たち。


「その曲―――」

彼女も何か感じていたようで、なんだかそれが嬉しかった。言うなら今しかない。勢いに任せて思いついたとにかく自分が今「好きなことをし」たいのはテニスもそうだけどそれ以上に―――。


「もう一度やり直そう、俺たち」


ふわっと彼女の髪が舞い上がる。春の風は太陽を十分に浴びていてとても甘い。歌が聞こえる。それはあのひとりで流していた寂しいリフレインじゃない。
たぶんそれはきっと彼女と俺のふたりの。


「あの歌の続きを聞こうよ」

ふたりで、という前に彼女は綺麗に顔をゆがめてぼろぼろ泣き出していた。彼女の返事を聞くまでもなく抱きしめる。

いつか香ったあのシャンプーもそのまんま。さっき聞こえた歌も幻じゃない。彼女もまた友達からメールを受信していたらしい。




(俺たちの物語はきっと続いていく)



―――――――
主催企画 ラストソングス
たくさんのご参加、そして訪問してくれた方々すべてに感謝です。
ありがとうございました。

ちなみに"last"という単語には「最後」のほかにも「続き」という意味もあるそうです。
そっちの意味であったらいいなぁ…という独りよがりな願望です。
長くなりましたが、たくさんの素敵な作品に出会えたことをとても嬉しく思ってます。

それでは、皆様思う存分楽しんでください。

100305 主催者 るい






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