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描いた夢の放物線
線を引く。
嫌われないために線を引く。


線は深く深く私を囲み、やがて大きな溝となる。私と他人と大きく隔たる溝。それは私を陸の孤島と化し、周りから隔離される。


今日もまた私から人は通り過ぎていく。彼らの目に、私が留まるわけがない。嫌われないように、嫌われないようにそうおまじないのようにつぶやいてできた結果がこれだ。それは事実、嫌悪より悲しくて、そしてなによりもすべてから私の存在自体を全否定されるようなものだった。


"無関心"


そんなとき私はいつもうつむく。名前が消えかかった上履きと何度見つめ合ったのだろう。
そんなときはいつも本を開く。それか授業中のようにノートの切れ端にHBのシャーペンで絵を描いたりする。
大好きな絵。ずっと描き続けた絵。絵というよりデッサンに近い。上履き、机、数式が消えていく黒板、楽しそうに笑う彼らの横顔。それも全部夢のために。ずっと描き続けるために、私は今日もずっと描く。


「ねぇ、なにしてんの?」


えっ?と返事をしようとしたけど、久しぶりに教室で誰か話すから上手く声が出なかった。変な息がでてしまい、顔がかあっと赤くなる。


「なに読んでんの、それ?」


もしかして罰ゲームなんじゃないか、と思わず口をつぐんでしまう自分がいた。でもどうやらそんな雰囲気は彼の背後には幸い見当たらない。
赤い髪をしたよく目立つ彼は、ついさっきまで私が読んでいた本を、興味なさそうにべらべらめくってまた閉じる。そしてまたべらべらめくる。


「ゲーテ…の詩集」
「げー」


そうだらしなく舌を出して、子供のように彼は笑った。むずかしいの、わかんないわと彼は笑う。


「絵」
「えっ?」
「みせてよ、絵」


彼のいう"え"が"絵"であることに今気づいた。
なんでしってるの?と私が聞き返そうとする前に彼はまたこういった。


「ほら、あんじゃん。廊下にさアンタの夏休みの絵が飾られてあんじゃん。それ、すげーなって思ったわけ。あんなん普通、描けないじゃん。わーすげーって。俺ホントすげーって思っちゃって」


嬉しかった。

認められた。

私の大好きだった小さい頃から描き続けた絵が、認められた。


そんなこと言われるなんて思っても見なかった。だってあんな夏休みの作品なんて、薄暗い廊下にちょこんと貼り出されてるものなんて、賞賛されるはずがないと思ってた。
みんなみんな平気な顔をして通り過ぎていくと思ってた。教室の中でずっとうつむいて暮らしている私の存在みたいに。


「授業中もなんか描いてんだろ?どんなの描いてんだろうなって。
あんな綺麗な絵なんだから、本人のラクガキっていう奴もいっぱしの作品なんじゃね?ゴッホとかピカソとか、そういうの超えてんじゃん。だからそういうのみてみたいなって思ってたんだけど」


ま、あのノートはないかと少しがっかりしたような口調でいった。なんだか申し訳ない感じになって、さっき机にしまったノートを手探りで取り出そうとした。


「才能あるぜぃ」


ぽんっと出たその言葉が一瞬えっ?と聞き取れなかった。だーかーらー、と普段人から褒められたこともあまりなく困惑している私に彼は明るくこういった。


「お前才能あると思うぜぃ」


その途端にチャイムが鳴って、つい今までのできごとがすべて夢のように思ってしまう。でも丸井くん、がそこにはちゃんといてたしかに私だけを、私だけに器用にふくらませていたフーセンガムをぱちんとはじけさせて笑ってくれた。




私は再び机に向かう。次は何の授業だっけな…と考えているのは建前で、さっきのはなんだったんだろうとぼんやりする。

そしてまた、いつものようにみんなの中心にいて人に囲まれている丸井くんをみてノートを取り出す。シャーペンを走らせる。目指すは未来のために。なれないかもしれない不安定な未来のために。

そして丸井くんが信じてくれた未来のために。


あんなことがあっても、たぶん私は丸井くんが私に話しかけない限り、私は丸井くんと話さないし、丸井くんの授業中に注がれる視線に上手く応えられることもないし、飴色みたいな真っ赤な髪をデッサンすることもないだろう。


それをするにはまだ私は自分に自信がない。自分をまだ愛し足りてない。丸井くんはこんな私でも認めてくれたから、だからこそ一歩踏み入れないで立ち止まっている。
嫌われたくないから。丸井くんだけに関わらず、私のことをもしもっともっとしって嫌われたりしたらすごく悲しいから。



それでも、
私の周りに刻み込んでいた線や、植え込んでいた深い溝は今鮮やかな放物線になる。未来に向かっていく夢に立ち向かう大きな翼となって私の力になる。


これから先、いつどんなときでもシャーペンを走らせるたびに丸井くんの「すげーよ」を想うだろう。画家になりたい夢にくじけそうになって泣きそうになっても思い出すだろう。なれなかったとしても私はそれのおかげで過去の思いたちを慈しんであげられる。



やっぱり、と窓辺でポッキーを頬張る丸井くんをみて訂正した。まだ生物の授業まで時間はある。HPのシャーペンを色鉛筆に持ち替えた。

だって赤い髪はトレードマークだもんね、描くだけだったら許してくれるかもしれない。ふふっと久しぶりに笑う自分に驚いた。

やっぱり見せに行こう、と思った。完成した色鉛筆の丸井くんを見せに行ったら彼はどういう顔をしてくれるんだろう。
そう思うと嬉しくなってますます色鉛筆の芯先が細かく揺れて動く。ああなんだか、


丸井くんのおかげで遠い未来も、そして教室と制服の中での近い未来もいい方向へ変わって行きそうだ。





*タイトルはスキマスイッチ「全力少年」から

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