新潟

部活も終わり、坂田の待つ部屋へと急いだ。
さっき来たメールで、だるい、と言っていたのが気にかかる。どうせ大したことないんだろうけど、この寒さ激しい中、体調なんていつ崩してもおかしくない。
カチャ、と軽い音を立てながら軽音部の扉を開けて、ソファに寝そべる坂田へ声をかけた。

「おー、あんべーなじらね(調子どうだ)?」
「んん…、せつねー(辛い)わ。この部屋あっちぇ(暑い)し。らっくら(楽に)したくて髪まとめたりしたけど、意味ねーわ」

そう言う坂田の格好は、おでこを全開にして、ネクタイは緩め、シャツのボタンは2つ開けている。おまけに足元は指定の靴じゃなくて私物のスリッパだ。
はあー、と溜息をつく俺を一瞥し、坂田はよっこいせ、と座り直した。とりあえず具合が悪いわけではないようでほっとした。
ふぁー、と欠伸をしながら目を擦る坂田の髪は、横になっていたからかくせっ毛がいつもの倍にくせがついている。
よれよれのシャツに知らずまた溜息が出た。

「だからってそんなしょったれげ(みっともないよう)な格好してのめしこくなや(怠けるなよ)、しょーしー(恥ずかしい)」
「誰も見てないんだからいいじゃん。それより立ちっぱは疲れるっけ、ほれ、そこにでもねまれ(座れ)や」

坂田の指した先には蓋のついたドラム缶があって、俺は素直にそこに座った。
そこで初めて、坂田の髪を止めているピンに気がつく。

「あれ?おめさん(お前)、ばーかに(やけに)いとしげな(かわいらしい)モンつけてんじゃねーか。何だこれ、えちご(苺)?」
「おい、ちょすなてば(弄るなよ)!だっけ(だから)、髪まとめたってさっき言ったねっか!髪留め持ってなかったから、その辺の女子に借りたんだよ!」
「そんな怒ることねーこて(ないだろ)。おっかねー(恐い)」

おどけて両手を広げてそう言うと、舌打ちをしながらそっぽを向かれてしまった。
ソファの背もたれにおっかかりながら、わざと大きい声を出す。

「あーあー、土方くんのせいでイライラしてきたー。なんか甘いのないろっか(ないかな)」
「ったく、剥れんなや。あっ、飴あるぞ、いるけ?」

がさがさ、と朝だったかに近藤さんから貰った飴を取り出した。ちらりと坂田を見ると、目をきらきらとさせながら身を乗り出している。
わかりやすいやつ。

「…まじでか。おごっつぉさん(ありがとう)!…って、あーあ、思い切り泣いて(溶けて)んじゃねーか。まっ、いいや。いただきまーす」

ずっとポケットに入れておいたからか、この部屋が暑いからか、飴は溶けて袋に引っ付いていた。文句を言いながらも素直に口に放り込み、からころと音を鳴らす。
机に置かれた飴の袋が、温風に煽られてかさかさと机を移動した。

「んな(お前な)、またそうやってゴミちょちょら(適当)に置くすけ、しょたれこき(ものぐさ)だ言われるんだこて。のめさんとちゃんとごみ箱にびちゃれ(捨てろ)てば。ほら」
「だからってわざわざゴミを返すことねーだろ!もうっ」

差し出した飴の袋をちゃんとゴミ箱に捨てに行く坂田に、思わず笑ってしまった。こういうところは素直なんだよな。

「はいはい。あ、よろっと(そろそろ)昼か…。昼飯がてら、ちょっくら出掛けようぜ」
「ええ、どこに?」

いかにも面倒そうな声に、少し考えてから行き先を告げる。

「万代の方でいいろ。何か食べたいのあるか?みかづきのイタリアンにするけ?」
「いや、俺アレ苦手だわ」
「へえ、そーなん(そうなの)?じゃあ、何にする?」

駅に行けばだいたい何でもある。他に何があったか考えてると、坂田が突然思い付いたように声をあげた?

「あ、俺ぽっぽ焼き食べたい。確か万代に売ってるとこあったよな?」
「ぽっぽ焼き…って昼飯じゃないような気がするが…。食べたいならそうすっか」
「昼飯食べ終わったら久々にレインボータワー乗ろうぜ。今日晴れてっし、きっと佐渡も見えるんじゃね?」
「ああ、いいぜ」

行く気になったのか、ぐーっ、と伸びをして立ち上がり、そのままストーブを消した。
俺は銀時を見上げて、ひとつ提案をした。

「そうだな…、どうせなら海も見に行くか?バスも出てるし、わりとすぐ行けるだろ。高校生最後の思い出作り、ってな」

我ながらいい案だと笑ったが、何か思うところがあるのか坂田は首を捻った。何かを考えるように低く唸る。

「んー…でもなあー…」
「何だよ」
「俺、別にさー…。土方が隣にいれば、思い出くらいよっぱら(たくさん)出来るすけ(から)、無理に作らなくてもいいんじゃないかな、と思って…って、あれ?」
「坂田…」
「え、ちょ、待って…あ、いや違うそうじゃなくて…」

言っていて恥ずかしくなったのか、わたわたと両手を振り首を振る。よく見れば頬が少し赤い気がする。暑い部屋だから、って、多分それだけじゃない。
そう気づけば嬉しくなるし、愛しくなるし、坂田に手を伸ばして右手をとった。はっ、としたように坂田がこっちを見て、目が合う。

「……う…海行くの面倒なだけってのもあるからな!むしろそっちメインだっけ(だから)勘違いすんなよ!」
「あー、おめさんばーかいとしげ(すごくかわいい)だわ…ほんーに(本当に)めんごい(かわいい)ヤツだな、顔真っ赤にしてさ」

ふ、と微笑んでやると少しだけ間をとって手を振り払われた。そのままコートを着込むと靴を履き替えてさっさと扉まで歩いていく。

「無駄口叩いてないで、支度せーてば!もう行くぞ、はよ(早く)しないと置いてくからなコノヤロー!!」

あー、もうなんでこんな可愛いんだろうな、なんて心の中で呟いて、急いでコートを着て、追い付いた坂田の手をきゅっと握る。

「じょんのび(のんびり)行こうや。…まだまだ時間はあるんだっけさー」





*イタリアン…もやしと生姜入りのソフトメンをソースで炒めた、みたいな食べ物
*ぽっぽ焼き…新潟でも中越と下越の方にしかない蒸気パン


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