side story
新境地開拓
カラン……
扉の呼び鈴が小さくなった。
今日はどしゃ降りの雨だ。
まるでバケツの水を空から落としたかのような雨。
こんな日にわざわざ外にでるようなやつなどいないようで、昼間だというのに店は客一人おらず、ガランとしている。
そう、雨、だった。
ナイトレイはその予想外の来訪に、珍しいやつもいるものだ、とくわえていた煙草の火を消して客のほうを振り返った。
「いらっしゃ…」
「……どうも」
そこにはずぶ濡れの黒い塊がたたずんでいた。
ボサボサな黒い髪は雨に濡れてしっとりとへばりつき、よれたコートも水をふくんでいてずっしりと重そうだ。
耳につけた羽のピアスでさえも無惨にしおれてしまっていた。
「……お前バカじゃねぇの」
「お仕事熱心なだけッスよー」
困ったように笑いながら、ヤシロはたはは、っと頭をかいた。
ナイトレイはカウンターの下においてあったバスタオルを投げつけ、再び煙草に火をつける。
ヤシロはコートを脱ぎながらカウンターに歩みより、投げつけられたタオルをひろった。
「おいおい中もビショビショじゃねぇか」
「そうなんスよ、もう酷い雨で…」
見りゃわかる、とナイトレイはもう一枚タオルを引っ張りだしてヤシロに手渡した。
頭を吹いていたヤシロは耳につけたピアスを外し、そのまま首まわりをふく。
上も下もビショビショでこのままでは風邪をひいてしまうだろう。
ただじっと見ていたナイトレイは煙草の煙を吐き出しながら言った。
「それ、一回着替えた方がいいんじゃねぇの?」
何気無く言っただけなのだが、ヤシロはポカンと口を開け動きを止めた。
ナイトレイも、ん?と疑問の表情を浮かべる。
そしてつむぎだされたのがこの一言。
「………えっち」
「はぁー!?」
ニヤリとヤシロは笑っていた。
ナイトレイは一瞬で顔を真っ赤にして立ち上がる。
「ばかっ!違っ、はぁ!?てめ…何考えてんだよ!?」
「あはは、冗談ッスよー。あれ?それとももしかしてそんな気でした?」
やーん不潔ー、とヤシロは脱いでもいないのに胸元をタオルでかくす。
一方ナイトレイは怒りと羞恥でさらに顔を真っ赤にし、わなわなと震えている。
しかし、ヤシロの首元から覗く、赤黒い刺青が目にはいり、一瞬顔から表情が消え去った。
「……?──っ!」
ヤシロはナイトレイの顔から表情が消えたのに気付くと何事かと視線を探り、その刺青が見えていたのに気付いてを素早く刺青を隠した。
そしてすぐにまたニッコリと笑顔をつくり、ふざけた声をだす。
「すぐに乾くんで大丈夫スよ、ね?」
「………」
ナイトレイは眉根をよせ、その笑顔を見た。
わざと、ふざけて服を脱ぐのを拒んだのも、きっとその刺青を見られたくなかったからであろう。
ちゃんと見たことはないが、ヤシロのその全身に渡るという刺青は、…あの時のものに似ている。
やつにも触れられたくないものがあるのだ。
「…ちょっと待ってろ」
「?」
ナイトレイは足早に自室へ向かい、ヤシロは一人ポツンと取り残されてしまった。
そして帰ってきたナイトレイに予想外のものを手渡され、きょとんとする。
「着替えろ」
「え、だから…」
「終わったら呼べ」
そういうとナイトレイは厨房の方にひっこんでしまった。
手渡された服を持ってつったっていたヤシロは、ぷっと吹き出して声をださずに笑う。
「ありがとうございます」
差し出された服は赤黒いこの色が透けないような黒い服で、首もとも隠れるように襟がついていた。
その不器用な気遣いにヤシロは思わず口元がゆるむ。
「もういいッスよー」
「……サイズ、大丈夫だったか?」
「はい、もうピッタリ」
バーンと大きく腕を開いてみせるヤシロ。
そのいつものふざけた仕草にナイトレイも思わず目をほそめた。
「それにしても冷えますねー」
「あぁ、風呂はいるか?」
「いえいえー!あ、でも」
ヤシロは椅子に腰かけたナイトレイに顔を近づけてニッと笑った。
「一緒に暖まることしちゃいます」
「……っ!?」
ガッシャーンッ
ナイトレイの顔から血の気が引くのと同時に厨房の奥から物が盛大に落ちる音がした。
二人で何事かと振り替えれば、ナイトレイより顔を青くしたジンが立っていた。
「ジ…!!」
「こんにちはー、ジン君」
「…………!」
二人の声に我に返ったジンは声にならない悲鳴をあげて自室の方へ走り去った。
ナイトレイはさらに顔から血の気をひかせ、ヤシロは面白そうに笑う。
「誤解されちゃいましたかね」
「──…ジーンッ!!」
ナイトレイは血相をかえてジンのあとを追った。
残されたヤシロは椅子に腰かけ、置かれたまま燻していたナイトレイの煙草の火をけした。
end
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6/12は恋人の日らしいですね。
“何かみたいCPありますか”とLogに書いたところ、
ヤシロ×ナイトレイとのリクエストをいただいたので書いて見ました。
なんか見方によってはナイトレイ×ヤシロにも見えますがお許しを…!
ちなみに、実はヤシロさんにはちゃんとお相手がいたりします。ぇ
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