●ターコイズブルー
七月半ばの雨の日は、湿気のせいですごい臭いがする。土砂降りなんかが来ると、すごい臭いに視界の悪さが相乗されて、とにかく不快になる。
赤の絵の具に緑が落っこちたのもそれなりに不快になるが、あの不快さはもっと静かなものだ。――例えば、明るく爽やかな色を作ろうとしているのに、パレットに残った胡粉がわずかに混ざってざらざら曇ったいろになってしまった時のような。
そんな時雲雀なら、パレットに思い切り水を載せ何もかもぐちゃぐちゃに溶かして、ティッシュで拭い取る。汚れたティッシュを除けた時に下から現れる白いパレットは、なかなか爽快な気持ちにさせてくれる。
朝からの土砂降りに打たれながら、雲雀はそんな事を考えていた。
肌に張り付く濡れたシャツがとてつもなく不快だ。しかし、パレットと違って、自然現象は溶かすことが出来なければティッシュで吸い取ることも出来ない。
傘をさしているにも関わらず濡れる肩や靴下が生ぬるい。雲雀はあからさまに眉を寄せながら、雨水が入った靴をがぽがぽならして学校を目指した。
靴下を脱いでロッカーのドアにかけ、乾くのを待ちながら午前を過ごしたが、この湿気ではあいにく四時間程度では乾かない。
裸足で履いた上履きに違和感を覚えながら弁当を食べようとしていると、金髪を揺らしながらいつもの誘いが来た。
「飯食おうぜ!」
「…また来た」
「ひでえ…。 恭弥の教室でいいか?」
ディーノは弁当の包みを持ち上げながら聞いてくる。今日の天気では中庭が使えないからだろう。無言でいると了承ととったらしく、ディーノはすたすたと迷いなく歩いて向いの席に座り、椅子に反対に跨った。
わざわざ一つの机を二人で使うことに納得がいかず、雲雀はいやそうな顔をした。
「なんで僕の机を使うの」
「だってこっちのが顔が見えるだろ」
「机が狭くなる」
「…恭弥」
雲雀の抗議をさらりとかわし、何故かディーノが名を呼ぶ。誤魔化されているのか。
嫌な予感がして雲雀はちらりとディーノに目をやったが、瞳に例の輝きは見受けられない。いささかほっとしながら、弁当のきんぴらを箸でつまんだ。
「あなたはおかしい」
「…へ?」
思ったことを口にするとディーノがばかみたいな声を上げた。すごい間抜け面だ。
「あなたの目は違う」
「違う? 何が?」
「…」
ディーノは自覚がないのだろうか。本気で分からないらしい。雲雀はきんぴらをもぐもぐやりながら、イライラしかけていた。
今みたいな穏やかな瞳から、ぎらぎらと輝くイエローオーカーへと変わるのを、雲雀は知っている。雲雀がその輝きに魅せられているのをディーノは知っていて、わざとやっているのだと思っていたのだ。
それだけに納得がいかない。
「だから、違うんだよ」
「だから、どう違うんだよ」
「おかしい」
「今も?」
「今は違う」
「ますます分かんねえ…」
なかなか伝わらなくて雲雀はイライラするし、ディーノはますます頭を抱えている。
「おかしくなる時がある」
「どんなふうに」
「…分からない」
そう言いながら雲雀はまたあの瞳を思い出していた。あれを見ると頭がぐらぐらして、すごく熱くて、それ以外考えられなくなる。
「ただ」
「?」
「見てると変な気持ちになる」
真っ直ぐディーノの目を見つめる雲雀。それだけに、ディーノにとってその言葉はすごい衝撃を伴った。
ディーノはあんぐりと口を開けて、固まっていた。おまけに若干赤くなっているようだ。雲雀には意味が分からない。これもまた思ったことを言っただけだ。
「恭弥…」
「なに」
本当にこの人は外見だけでなく反応までいちいち派手だ。見ていて鬱陶しいと思った雲雀は、目の前の金髪はほうっておいて梅干しを箸で崩すことにした。
しかし片手間に返事をしても挫けないディーノは依然赤い顔のままで静かに告げた。
「それって…」
「なに。はっきりいいなよ」
「…俺のこと好きってことじゃね?」
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