●チャイニーズホワイト
「…あ、恭弥」
学校でディーノに会った。奴は僕を見ると満面の笑みを浮かべて、何故か照れくさそうに駆け寄って来る。
「なに」
「ひっでえの」
素っ気ない返事に困ったように笑いながら、僕の顔を覗いてくる。相変わらず派手な外見をしている。
「なあ、今度うちの課覗いてけよ」
急に何を言い出したかと思えばこれだ。なんで僕が先端のアトリエなぞ見に行かなければならないのだ。彼の『なあ』から始まる台詞にろくなものはないのか。
いやだ、と言いかけて、急に脳裏にイエローオーカーの発する輝きが蘇った。
これはひどく厄介で、一度思い出すとしばらく忘れられなくなる。体が熱くなって喉がからからに渇き、欲しくなるのだ。
乾いたくちびるを潤すこともせず、かすれた声で、行く、と答えてしまった。
それを聞いて嬉しいそうに、いつでもいいぜ、なんて言う彼を見ながら、今日にでも行って驚かせてやろう、と思った。
「…なんで一人なの」
本当に誘われた日の放課後に行ってみれば、彼はそれ程驚いた様子も見せず、しかも何故かアトリエには彼しかいなかった。
期待外れなうえ、一人しかいないのではそんなに参考にはならない。僕は思い切り嫌な顔をした。
「まあそう言うな。今日は俺しかいない日なんだよ」
「なんで」
「月火水はみんな基礎課とってるから」
「あなたは」
「俺は基礎課は木金土なの!」
作業着姿の彼は、ペンキだらけのよく分からない塊にさらにペンキをかけていた。やはり人には理解できる芸術と理解できない芸術があるのだろう。彼の作品はまったく分からない。
だが、右側の塊が左側の塊の間に作る隙間には、きれいだなと思わせるものがあった。
「これは?」
「ん、人と小イーゼル」
彼の話では、どうやら右側は人間で左側はイーゼルだったようだ。言われてみれば分かる気もする。
これからもう少し削って形にして行くのだそう。にしても、色がすごい。蛍光色を使っている訳ではないのに、目がちかちかする。
「…ねえ、これ」
ディーノへ視線をやると、がっちり目が合ってしまった。
「…!」
僕がやられてしまった、あの目と。
まただ。熱い。力が抜ける。
「…恭弥」
「ッ…な、に」
彼が近付いて来る。僕は目を離せず後じさるわけでもなく、佇んだままだ。
頬に手を当てられてくちびるが触れそうに顔が近付く。は、と彼が熱い息を吐いたのが微かに分かった。
彼の目が、今まで以上にギラギラ光って、僕の頭は茹だったように朦朧としてくる。
「恭弥、俺さ」
「……」
ああ、すごい。彼の目のギラギラが激しくなって、美しい。万華鏡みたいだ。
「恭弥が、好きだ」
「…」
「…恭弥」
彼が何か言っているのは分かったけれど、何を言っているのかは分からなかった。
今僕はこの光を独り占めしているという事実が、僕の視覚以外の感覚をすべて鈍らせていた。
そうしてより近くなったイエローオーカーの放つレモンイエローの輝きの他に、はじけたオペラの飛沫を見つけた気がした。
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