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チャイニーズホワイト



「…あ、恭弥」

 学校でディーノに会った。奴は僕を見ると満面の笑みを浮かべて、何故か照れくさそうに駆け寄って来る。


「なに」

「ひっでえの」


 素っ気ない返事に困ったように笑いながら、僕の顔を覗いてくる。相変わらず派手な外見をしている。


「なあ、今度うちの課覗いてけよ」


 急に何を言い出したかと思えばこれだ。なんで僕が先端のアトリエなぞ見に行かなければならないのだ。彼の『なあ』から始まる台詞にろくなものはないのか。
 いやだ、と言いかけて、急に脳裏にイエローオーカーの発する輝きが蘇った。
 これはひどく厄介で、一度思い出すとしばらく忘れられなくなる。体が熱くなって喉がからからに渇き、欲しくなるのだ。

 乾いたくちびるを潤すこともせず、かすれた声で、行く、と答えてしまった。
 それを聞いて嬉しいそうに、いつでもいいぜ、なんて言う彼を見ながら、今日にでも行って驚かせてやろう、と思った。







「…なんで一人なの」

 本当に誘われた日の放課後に行ってみれば、彼はそれ程驚いた様子も見せず、しかも何故かアトリエには彼しかいなかった。
 期待外れなうえ、一人しかいないのではそんなに参考にはならない。僕は思い切り嫌な顔をした。


「まあそう言うな。今日は俺しかいない日なんだよ」

「なんで」

「月火水はみんな基礎課とってるから」

「あなたは」

「俺は基礎課は木金土なの!」


 作業着姿の彼は、ペンキだらけのよく分からない塊にさらにペンキをかけていた。やはり人には理解できる芸術と理解できない芸術があるのだろう。彼の作品はまったく分からない。
 だが、右側の塊が左側の塊の間に作る隙間には、きれいだなと思わせるものがあった。


「これは?」

「ん、人と小イーゼル」


 彼の話では、どうやら右側は人間で左側はイーゼルだったようだ。言われてみれば分かる気もする。
 これからもう少し削って形にして行くのだそう。にしても、色がすごい。蛍光色を使っている訳ではないのに、目がちかちかする。


「…ねえ、これ」


 ディーノへ視線をやると、がっちり目が合ってしまった。


「…!」


 僕がやられてしまった、あの目と。
 まただ。熱い。力が抜ける。


「…恭弥」

「ッ…な、に」


 彼が近付いて来る。僕は目を離せず後じさるわけでもなく、佇んだままだ。
 頬に手を当てられてくちびるが触れそうに顔が近付く。は、と彼が熱い息を吐いたのが微かに分かった。
 彼の目が、今まで以上にギラギラ光って、僕の頭は茹だったように朦朧としてくる。


「恭弥、俺さ」

「……」


 ああ、すごい。彼の目のギラギラが激しくなって、美しい。万華鏡みたいだ。


「恭弥が、好きだ」

「…」

「…恭弥」


 彼が何か言っているのは分かったけれど、何を言っているのかは分からなかった。
 今僕はこの光を独り占めしているという事実が、僕の視覚以外の感覚をすべて鈍らせていた。



 そうしてより近くなったイエローオーカーの放つレモンイエローの輝きの他に、はじけたオペラの飛沫を見つけた気がした。






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あきゅろす。
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