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ジョーンブリアン



 レンガの茶色は、簡単にバーントシェンナやなんかで片付けてはいけない。
 クリムソンレーキのような上品な深紅なんかもアクセントでつけると映える。しかしレンガの重みを出すには、やはり胡粉を少し混ぜたジョーンブリヤンがいい。一面どこでもいいのでこれを使うと、透明水彩の軽やかな仕上がりに深みがでる。レンガは重く見えなければいけないのだ。

 モチーフ室へ向かいながら、雲雀はそんなことを考えていた。
 十三時少し前にアトリエに着いた時、ドアをあけるともうすでにディーノが来ていたのに驚いた。雲雀自身本日日曜日にディーノが制作風景を見にくることを忘れていたので、何してるの、と聞いてしまった。ディーノは情けない顔で、そりゃねえよ、と嘆いていた。


 モチーフのセット表通りケースに入れて、エレベーターに乗り込んだ。今回もレンガが入っている。雲雀としては、レンガは苦手だった。

 扉が開きエレベーターから降りると、ディーノがアトリエにモチーフ台を準備してくれていた。なかなか気が利くじゃないか、と感心しながら、ケースを置いてモチーフを台にセットしていく。
 基本はばってん型かゼット型に組む。布をブイ字にした折れ目の所に花を置く。今日の花はカラーだった。
 色々な角度からしゃがんで見て構図を決める。その際にモチーフの位置をまた少し調整するのだが、雲雀は縦構図が好きなので、ついまた縦構図を選んでしまう。

 椅子と小イーゼルを持って決めた場所へ座ると、あらかじめ水張りをしておいたパネルを取り出しイーゼルに置いた。ロッカーから道具入れにしている工具箱とクロッキー帳を取り、エスキースを始めた。


 ディーノは何が楽しいのか、この一連の動作を黙ってじっと見ているようだった。
 教師からでさえも、こんなにただじっと見ていられることはない。文句を言おうにも、向こうは邪魔もしていないし、ただ見ているだけだ。雲雀は居心地が悪い思いをしながら、意識をパネルに向けた。






 背筋がぞわぞわする。
 六時間ほど経って、ちょうど画面の全体に鉛筆が入ったくらいの時だった。雲雀とはパネルとモチーフ台を挟んで対角にいるディーノから感じる視線が、変わったのだ。

 雲雀の意識は、もう絵には向いていなかった。もしやと思ってディーノに顔向けると、そこには予想に違わず、雲雀が捕らわれた夏の川の流れがあった。

 突然鉛筆を置いた雲雀を、ディーノは黙って見ている。


「…それだ」

 雲雀は、静かに響く自分の声を、上の空で聞いていた。依然として、雲雀の視線は輝くイエローオーカーを捉えたままである。

「ディーノ」
「…」

 ふらりと立ち上がって、ディーノに近付く。ディーノは未だ微動だにしない。
 雲雀の親指が、ディーノの下瞼に触れた。

「それだ、それ…」

 雲雀の頭はまた再びまみえた喜びに捕らわれて、燃えるように熱かった。自分でも、まさかこんなに焦がれているとは、思っていなかった。

 親指爪先で、下睫毛をいじる。瞳はますます特異な輝きを放ち、その奥でゆらゆらと熱いものを湛えているのを見た。

「恭弥」

 不意にディーノに名前を呼ばれ、手首を掴まれるが、それでも雲雀は輝く金色を見つめたまま逸らさなかった。

 手首を引かれディーノの顔が近付いてくちびるにあたたかいかいものが触れても、なお。雲雀の意識は触れ合ったくちびるでもなくディーノでもなく、眼前に迫ったイエローオーカーの放つ輝きに向けられたまま、動くことはなかった。

 雲雀はその光の中に、ジョーンブリアンの明るい重みを見た気がした。その流れに飛沫もあげずに沈んでいく自分を、確かに感じながら。




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