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イエローオーカー


 水滴の乗ったステンレスは、この世で最も「銀色」というのに相応しい。
 触るとひやりと冷たく、光が差すと黒から白まで様々な色に変化する。その上にぽたぽたと乗った水滴がきらきらと輝いて、天然のスパンコールとなるのだ。
 この「銀色」は、着彩で表現するのはとても難しい。むしろ「色」と言うより、現象と言った方が早い。近付けることはできても、そっくりそのまま現すのは無理に等しい。自然の作り出す現象を再現することは出来ないのだ。
 台所で揺れる金髪を横目にディーノの自宅でお菓子を食べながら、雲雀はそんなことを考えていた。

 何故ディーノの家でお菓子なぞ食べているのか、と言うと。話は一週間程遡る。





 先週の水曜日、つまり予備校での出会いの三日後、なんと二人は学校で再開を果たしたのだった。
 二人とも同じ学校に通っていたのである。
 雲雀は最初こそ驚きはしたものの、それから毎日ディーノが昼食に誘いに来るので、馴染みの存在になりかけていた。
 気が合うわけではないようだったが、どこか抜けているディーノの言動には笑ってしまう(勿論、呆れの方だ)。ディーノも、近すぎず遠すぎない雲雀との距離感が、一緒にいて楽だと言っていた。

 昼食を共にすることが習慣になってきた今週火曜、ディーノが雲雀に、相談に乗ってほしい、と切り出したのである。
 互いに出会って二週間もしないのに、そんな無責任なことは出来ないと雲雀も断ったが、押しに負けて頷いてしまったのだった。


 そして今に至る。
 相談に乗るという名目でディーノの家へ招かれたはいいが、一体なんの相談をされるのか雲雀には検討もつかない。
 出されたお菓子の盆に載っている分全部を食べ尽くしていると、ディーノが台所から戻って来た。手元を見るとコップと茶碗が一つずつ乗った盆を新たに持っている。雲雀がコップと茶碗の組み合わせを不思議に思っているとディーノは、コップが二人分なくてな、と言って笑った。

「俺さ、先端にいるけど、本当は油やりたかったんだ」
「油?」

 ディーノは雲雀の向かいに座って茶碗を啜った。夕方の柔らかい日差しが、ディーノの金髪を白く光らせていた。

「そ。ミレーやフェルメール、そういう誰でも知ってる画家の絵に、綺麗とか当たり前の感想を抱いてさ」

 語るディーノは、少し寂しそうな、諦めたような顔をしている。

「美術目指すことに決めて、専攻絞る時になんか、酷いんだぜ? 先生はお前に油は向かないだって」
「油絵やってみたことはあるの?」
「ある。一回だけ。でもそん時、先生が言ったこと当たってたなって分かったんだ」

 ディーノが机に載せて組ませた自身の手を眺めて俯いているのを、雲雀は見つめていた。睫毛が、睫毛が美しい。何かに耐えるように震える度、きらきらと光るのだ。

「…先端芸術に不満を感じることは?」
「ねえよ。……うん」

 ディーノの言葉に若干の未練を感じた雲雀の問いに、彼は自分に言い聞かせるように答える。

「先端芸術って名前すごいだろ? でもすごいのは名前だけじゃないんだ。先端だから、先端を行かなきゃいけない」
「日本画とは真反対だね」

 ディーノはまた茶碗からお茶を啜った。こうして見ると味噌汁でも啜っているようだ。雲雀はディーノの睫毛から指先に視線を移して、それがほんのり赤いのを観察していた。
 茶碗を置いたディーノは尚も手元見つめている。雲雀はそれを眺める。
 而して二人の周りには空気が出来上がっていた。気付かないほど微かだけれど、壊れればそうと分かる、神聖な空気だった。
 そんな中、ディーノが乾燥した唇をなめる動作が、やけに生々しく映った。突然、視線がぶつかって、心臓が止まったような感覚になる。雲雀は、吸い込まれるように白く光る睫毛のさらに奥を見つめた。

「誰も思いつかないようなことをしたいんだ」

 静かにしかし強く告げたディーノの眼窩の中で、イエローオーカーの虹彩がレモンイエローのハイライトで黄金の輝きを発していた。




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あきゅろす。
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