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アイボリブラック

 始めて恭弥を見たとき、純粋に綺麗だなと思った。
 エレベーターで一度だけ乗り合わせたことがあったのだ。自然に女の子だと思った。ただ背が高くて胸がないのが残念だ、などとふざけたことも思った。
 が、それだけだった。

 五階のアトリエで会ったのは、そのあと何日かしてからだった。
 声を聞いたとき、男だったのにももちろん驚いたが、不思議なことに急に照れを感じた。なんだか分からない感覚が脳を襲った。これはいつかどこかで感じたぞと頭を働かせた。
――そうだ、小学校の初恋の気持ちに似ている。





「…ん」


 なんだこれ、と思うのは当然じゃないか。だって、好きな子が告白紛いなことを言って、突然、ちゅう、してきた。それも、口に。
 恭弥にキスしたことはもちろんあるが、自分からするのと相手にされるのとでは感動も違うし、もちろん感覚も違う。恭弥からされた時の方が、百倍嬉しくて百倍幸せで、百倍恥ずかしかった。
 もうなんだか分からなくて、気が付いたら荷物なんか忘れて、目の前にある頭を掻き抱いて唇にしゃぶりついていた。
 恭弥、恭弥、恭弥恭弥、きょうや。うれしい。

 恭弥に触れると思い出すのは、何故か幼い頃の少しを過ごしたイタリアだった。
 ほとんど覚えていないそこでの生活が、ぼんやりと脳内で流れていく。思い出したくて目を凝らすも、まるでピントが合わない写真のように、依然ぼやけたまま何をしているシーンなのか全く分からない。
 何故恭弥に触れると思い出すのか分からない。母を、思い出すのかも知れない。
 両親と共に日本に越してきたと恭弥には言ったが、母は随分昔に事故に遭って、いない。幼いときは母の写真を見て、この綺麗なひとが自分の母親なんだ、と毎晩思って言い聞かせていた。その人が母親として自分と触れ合っていた映像が、記憶になかったからだ。
 従って、母の印象は恭弥と同じ『綺麗』だった。だからと言って、恭弥に触れると思い出すことと、あまり関係が深いとは思えないが。

 恭弥の唇を離して、その体をぎゅうぎゅう抱き締める。静かに抱き返される感触を良い返事と解釈しながら、俺はまた遥か昔の風景をおもいだすのだった。











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あきゅろす。
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