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ピーコックブルー


 見詰める先にあるのは青い瓶だ。
 ピーコックブルー、あまり使わない。パレットに詰められた絵の具の減りからしても明らかで、やはり一番減りが早いのはアイボリブラックとジョーンブリアン。ブルー系は使わないことが多いのだ。
 筆の先に水をつけて、絵の具に滑らせる。この時は結構好きだ。筆の毛が見る間に真っ青に染まっていく。

 静物の着彩で、雲雀はそんなことを考えていた。

 今日は朝から暑い。エアコンの温度は二十六度なのに、雲雀の位置は結構暑い。雲雀の座っているのが窓を白い板で塞いだだけの、本来窓際である場所だからだ。日が出ていると、太陽熱がそのまま伝わってくる。じわじわ暑い。だんだん集中出来なくなってきた。
 集中力がもたないと、やはり外階段に出る。風に当たれるし、目も頭もリセットされる。
 水筒とタオルを持って、外階段へ向かった。



「あ、…恭弥」

 五階の踊り場で一服していると、大きな機材を抱えたディーノが、六階から降りてきた。
 ここへ来てまたディーノだ。今までは全く会わなかったのに最近やたら会う。会いすぎなほど会う。しかし今日のディーノは瞳に力がない。
 ディーノは眉毛を情けなく八の字にして、こちらを見つめている。

「どうしたの、下りるんだろ」
「ああ、…うん。…あっ」

 雲雀が先を促すと、気のない返事が返ってきた。が、何かを思い出した様にディーノが顔を上げる。
 雲雀が首を傾げていると、ディーノは自分のポケットから何かを取り出した。

「これ」
「…なにそれ」
「うん、…先端の女子がさ…」

 ディーノが差し出したそれは、以前雲雀が女子に頼まれたそれと同じ、要するにラブレターだった。
 日本画の女子が雲雀に頼んだのと同じように、先端の女子が雲雀に渡すようにディーノに頼んだのだろう。ディーノはへなちょこだが人がいいので、請け負ったのだ。

「…きみ、僕のこと好きなんじゃないの」
「そーだけど! …恭弥はそうじゃない。だから、俺がこの子の片思いを妨害する権利は無い」

 ほら、と手紙が押し付けられ、思わず受け取ってしまった。
 それを見てディーノが悲しそうな顔をする。しかしすぐ笑顔を作って機材を抱え直した。

「ん。あの子きっと喜ぶよ。…あんがとな」

 雲雀は手中にある小さな封筒をちらりと見るが、そんなに興味は沸かなかった。それより、今日はまだ見ていない。あの目を。
 じゃ、と去ろうとするディーノを、体が勝手に引き留めていた。

「恭弥…?」

 雲雀に掴まれた腕を驚いたように見たディーノが、静かに尋ねるのをぼんやり聞いていた。

「違う」

 雲雀は差出人が誰だか分からないラブレターに両手をかけ、豪快な音を立てて破いた。
 ディーノは、ただ目を見開いてその光景を見ている。
 粉々になっていく見ず知らずの女子の想いが、風に乗って外階段から飛んでいった。

「こんなものじゃ伝わらない」

 雲雀の目はディーノを捉えたまま、離さない。何もなくなった両の手を、音もなくディーノの頬へ添えた。

「僕ならこうするよ、…ディーノ」

 言い終わるか終わらないかの内に、雲雀はディーノの唇に自身のそれを合わせた。

「!」

 ディーノの唇を食むように動かし、舌で表面を舐める。

「ん」
「…っ、きょうや、…んむ」

 ディーノが何か言おうとして唇をはがそうとするが、相手は両手がふさがっているため、手が空いている雲雀の方が有利だ。すぐ引き戻して、また唇で唇をむにむにする。
 やがて満足して雲雀が自分から離れようとすると、今度はディーノがそれを許さない。後頭部に手の感触がある。ディーノは両手がふさがっているはずなのに、と思い目だけで辺りを見回そうとすると、ぎらぎらと輝くイエローオーカーと目が合ってしまった。
 久しぶりに拝むそれに頭の頂点から足の先まで甘い痺れが走ったのを感じた。と同時に、ディーノの舌が口内に侵入してくる。

「…は、ふ」

 雲雀がディーノの舌に自身のものを擦り合わせると、イエローオーカーが更に輝きを増したように見えた。こうしているのが一番近くであの目を眺められると気付いて、嬉しくなった。
 もっと見ていたくて続けようとするが、ディーノが離れていったためそれは叶わない。
 ディーノは雲雀の肩を押して顔をうつ向けている。はあはあと肩で息をしているのは雲雀も同じだ。
 ぼんやりと足元に視線をやると、ディーノの持っていた機材が置いてあった。


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