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ディモルフォセカ(仮)
05

砂糖入れすぎの甘ったるい出し巻きを食い終えて、弁当をたたむ。快晴の下、吹く風はどこか生暖かい。それでもそれは穏やかで、それは風ではなくて、もっと別のものがそう思わせるのかもしれなかった。
『それでね、さいしょの時間はかんげい会してくれたの!』
『見てカズ兄!もらったもらった!』
『ばか、電話なんだから見えるわけないじゃん。ショーはちょっと黙ってて』
『はー!?バカっていうほうがバカなんだかんなっ』
「うるせえよいっぺんに喋んな。新人だからってなめられなかっただろうな?」
『ヨーコのオイロケでみんなノーサツした!』
「おおいちょっとそこは兄ちゃんに詳しく説明しなさい頼むから」
スピーカーにした携帯からきゃいのきゃいのと普段どおりの声が響く。どうやら新しい学校でもうまくいっているようだ。勝手に転校なんて決めておいて泣き喚かれると思ったものだが、三人とも案外素直に頷いてくれた。



屋上に行くと、そこには意外にも誰も居なかった。だだっ広いコンクリートのありがちな屋上で、お金持ちらしいこの学園の生徒にはちょっと耐え難い場所なのかもしれないとふと思う。ここから見える景色がそれほど綺麗というわけでもないし。入り口の壁を背に、フェンスの向こう側を眺めるが、森しか見えなかった。それと遠くに町がある。ちょっと霞んでる。
『…カズ兄』
「ん、ああ?」
遠くのほうで一誠と正二が喧嘩しているような音が聞こえたが、内容は大したものではない。二人はいつも喧嘩ばかりだ。飯を取られたと言っては喧嘩して、ジャンケンで後出ししたと言っては喧嘩して。仲のよい証拠ではあるが。
そんな二人を完全に無視して、陽子は先程のテンションとは打って変わった声で言う。
『…カズ兄、今日は、家に居ないんだよね』
「……ああ」
『ずっと居ないの?』
「朝も言ったろ。夏休みには帰ってくる」
『夏休みのいつなの?なんにち?』
「まだ決まってない。帰れそうなら直ぐに帰る。駄目でもお盆までには必ず帰る」
『ほんと?……絶対だよ。約束だから』
元気の代名詞がしょんぼりとそんな事を言うのを聞いて、もしかして寂しいのかもしれないと思った。考えてみれば、母を亡くしてからは、俺は兄というよりも親代わりだった。一度母さんを亡くす体験をしたこいつらに、今回また親を引き離すも同然だったのだ。
「必ず戻るよ。約束だ」
『ゆびきり…電話じゃできない!ねーショーちゃんイッちゃん!遠くの人とゆびきりってどうやるのー?』
『こらー!二人とも何喧嘩してるのー!』
『げ!加藤が来た!』
『うっせーオニババ!ショー!ヨーコ!早くこい!』
『えっ待ってケータイっ』
ブツ。ツー、ツー…。
…思った以上に楽しくやっていそうな雰囲気だ。ともかく、夏休みに帰ったら纏めて殴ってやろうと誓う。加藤というのは恐らく先生だろう。学校の先生を馬鹿にしてはいけないとあれほど口をすっぱくして、もとい拳を固くして言っているのだが。
(ペナルティー、戻ったら、一発)
という内容を、メールで送信。
『送信しました』の画面を見て、携帯を閉じた。ヤンチャも過ぎると困る。ふうと一息ついたところで、空気が震えているのに気がついた。
くつくつと、誰かの笑う声。どこからだろうと周囲を見回しても相変わらず誰も居ない。でも、近くから聞こえる。
「弟?」
知らない人間の声。真後ろからだった。振り返るが、あるのはもちろん壁だけだ。その、向こう側。誰かが居る。もしかして俺がここに来た時から居たのだろうか。別段チビ共と大した話をした覚えは無いが、会話を聞かれていたと思うと少し気恥ずかしい。めんどくさがってスピーカーなんかにしなきゃよかった。
「…すみません、人が居るとは思わなくて」
「いや、こちらこそ盗み聞きみたいになっちゃって。家族仲が良いんだね」
落ち着いた物言いだ。年上だろうか。
「そうですか?普通でしょう」
「ここじゃ、あんまり無いから」
意味がよく分からない。この学園は家族仲の悪い生徒が多いという事だろうか。俺は来たばかりだからよく分からないが、家族仲が悪いなんてそんなプライベートな情報がすぐに広まってしまうのかここは?
「ふうん…ま、俺には関係ないです」
「幸せな家族だから?」
違う。
「皆で幸せにした家族だから」
家族なんて、大なり小なり問題がある。幸せなんて人それぞれで、形もそれぞれで、俺達は歩み寄って、互いを大切に思って、時々すれ違って、喧嘩して、泣いて、笑った。
だから今がある。お互いが掛け替えの無い大切なものになった。それは、俺達が足掻いて求めて手に入れたものだ。他がどうとか、関係ない。それはそこの家の問題だ。
「…そう」
入り口の向こう側の人が、立ち上がるような音を立てる。腕時計を見るともうすぐ昼休みも終わる頃だった。きっと帰るのだろう、そう思ったが、扉の開閉の音は響かなかった。
コンクリートの上に座り込んでいた俺は、すっと差し込んだ影に、顔を上げる。
「きみ、名前は?」
少し長めの黒髪、左目に泣き黒子。優男だな、とふと思った。
「二年の清水です。…あなたは?」
「三年の香坂。今日入った転入生かな。二人入って、どっちがどっちだかわからないんだけど。君はどっち?」
「どっちって…」
そんな事を言われても、どっちをどのように聞いているのか分からないので答えようが無い。そもそも俺は噂を立てられるような目立った行動はしていないはずだ。
「二年の一匹狼を手なずけて、クラスメイトの親衛隊持ちの美形と友達になって、生徒会の人間を呼び捨てにして会長にキスされてぶん殴ったのは、きみ?」
「はあ?」
なんだそりゃ。一匹狼だのクラスメイトの美形だの。つーか俺から言わせて貰えば、この学校の生徒の容姿は標準が高すぎる。なぜそれで女子が居ない。女子もどきしかこの学校にはいないのだ。惜しすぎる。
「俺にはまだこの学校に友達はいませんけど。クラスで電波とスポーツマンとは知り合いになりましたが不本意な事に」
特に電波のほうがな。
「ああ、そう、そっちね。まあそうか、清水くん今こっちにいるんだから、違うよね」
そっちやらこっちやらと、なんだか自己完結しているみたいだ。特に気になる話でもないのでスルーする。それで、それを聞いた香坂先輩は一体何が知りたかったのか、謎の頷きを繰り返している。と思ったら、あ、と声を上げて、腕時計を見て、しまったなーと頭を掻き始めた。
「もう行かなきゃ。じゃあ、また。何かあったら遠慮なく言ってね、清水和成くん」
「え」
ばたん。何か俺が返事をする前に、その先輩はドアの向こうへと消えてしまった。
…下の名前名乗ってないのに、何で知ってたんだろ…。


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