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ディモルフォセカ(仮)
09

近くで音がして、ふと意識が覚醒する。だが目覚まし時計はまだ鳴らない。風が窓を打つ音だろうか、とぼんやりとした頭でそう解釈して、思考をまた安寧へと飛び込ませようとした。
のだが、突然肌が外気に晒されて、反射的に身を竦ませる。
「…寒い…」
「グッモーニン!新しい希望の朝だよ和成くーん!」
寝起き独特の重い瞼をうっすらと開いたその先には、掛け布団のような白い大きなもの(恐らく俺のものだ)を誰かが両手に抱えていた。何故俺は布団をひっぺがされているんだろう。先程まで暖かい中に居たせいか、失った温度に背筋がぶるりと震えた。
俺は目の前にぶら下げられた掛け布団に手を伸ばした。それを引けば、布団を抱える何者かがそれを阻むように引き返してくる。苛立たしい。布団を抱えるそいつの鳩尾を右足で蹴り付けて排除し、布団を肩まで引き上げた。温度がすっかり抜けた布団ではあるが、上等の羽毛布団はすぐさまぬくもりが移る。
「いった…痛すぎる…っ!清水、手加減とか、しようよ…!」
「うるせえ黙れ…廣石てめえ、俺の睡眠中は邪魔すんなって何度も言ってんだろ…」
一つ深呼吸をして、再び目を閉じる。だが一度安寧に飛び込み損ねたぼやけた脳ミソは、ゆるゆると明確な意識を呼び起こしてしまう。呻き声が自然と漏れた。くそやろう。
「ひろいし?誰それ新たな攻キャラの予感……じゃなくて、朝飯のお時間ですよ」
「…あ?」
この意味不明な言葉の羅列…廣石じゃない?んん?
「皆川?」
「おうともさ。で?廣石くんて誰よ。朝起こしてもらうようなディープな関係ですか」
腹あたりを撫でながら隣のベットに腰掛ける人間の声は間違いなく皆川だった。その際多少呻くような声が漏れるのは、もしかしたら蹴りが嵌ってしまったのかもしれない。あいつならあの程度の蹴りなら何の問題もなく避けるなり受け流すなりするから、まったく手加減しなかった。とはいえ、寝起きだからそれほど力が篭っていたわけでもないが。
そうだ、寝ぼけていたが今は学校主催の旅行中だ。安藤さんのマンションではないだ。あいつが居るはずが無い。布団から身を起こす。
「あー…転入前の友達。腹、悪かったな」
体を起こせば長めの前髪がちくちくと目の周囲を刺激してこそばゆい。かき上げれば視界がすっきりとして明るくなった。そろそろ切るべきだろうか。面倒で放っておいたが、髪が長いと視力も悪くなるというし…まあこれ以上悪くなった所でどうという話でもないのだが。ぼやけた視界をクリアにしたくて、眼鏡を手探りで探す。
「前の生活の癖で、どうも人に起こされるのが好かなくなっちまったみたいだ。廣石っつー奴がよく邪魔しにくるもんだから、つい」
家事と仕事の両立でまとめて眠る時間が無く、こまめに睡眠をとっていたものだから浅い眠りにしかつけなくなってしまったのだ。そのおかげで寝起き直後は寝足り無さが原因で苛立ちが先行する。寝起きは機嫌最悪、というのは、廣石を含む友人二人の談だ。
眼鏡を求めて彷徨った右手が、三度無意味な場所を軽く叩いて、ようやく目的地に到達する。明瞭になった視界のピントを合わせるために瞬きを数回して、皆川に向き直った。
…明確になった世界の先に居る皆川は、なんとも形容しがたい間抜けな顔をしていた。俺の視界が塞がっていた間に一体何があったのだろう。
「皆川遅い。清水まだ起きないのか?」
口半開きの皆川にどう対処していいか迷う俺の耳に飛び込んできたのは、部屋の扉から体半分だけ出してきた沢村の声だった。沢村は既に起きている俺と、反応の無い皆川にどういう状況かと考えあぐねているようで、ともかく近くへと寄ってくる。
「…何があったんだ?」
「いや、俺にもさっぱり…」
「……り…」
「ん?」
ぼそり、と皆川が何事かを呟いた。何を言ったのだろうかと、二人で皆川に耳を寄せる。だがそれは不要だった。というか、聞く事自体に意味が無かった。皆川は怒ったように顔を真っ赤にして突然立ち上がると、こう叫んだのだ。
「やっぱり変装だったんじゃん!そのオイシイ顔立ちはリバ要員かっ!?」
俺と沢村はいつも通りの意味不明な皆川に安心して、さっさと寝室を後にした。





朝食が済めば、会社見学のグループ発表が始まる。もちろん事前に見学したい会社の系統をアンケートで調査済みで、生徒会が班を決め風紀が問題が無いかチェックをしたものだ。何代か前は事前に班の発表がなされていたそうだが、当日までにぽつぽつと学園を去る、あるいは入院沙汰になる生徒が発生したらしい。その前は生徒自らが班を決めていたらしいが…何が起こったかは想像に易いだろう。直前に班員を発表するとなると、大人数である、当然時間のロスが生まれるが、被害を最小限にするには良い方法なのかもしれない。
美化委員と風紀委員はそのロスを取り戻す間…午前中いっぱい、生徒達に目を光らせていなければならない。ちなみに美化と風紀の会社見学の班員は事前に連絡がなされており人気な生徒の班には一人は誰かがつく事になるが、今回俺には関係の無い話だ。
事前集計がなされたのは俺が転入する前のことであり、班員が決定されたのはそれこそ俺が美化に入る遥か以前であるらしい。なので俺は適当に班の人数が揃わなかった場所へ送られる事になった。場所はリサイクル工場…お坊ちゃまたちはここに行きたいとアンケートに書いたのだろうか、少し疑問だが、今はどうでもいいのだ。今一番知りたいのは、そんな事じゃない。
「…なんで浜が居るんだ…?」
長細い黒い袋を背負った浜廉太郎が、何故か俺と同じ班だった。美化委員なら風紀と結託して人気者と一緒の班にされるはずだろう。見たところ俺の班にはこれといって騒がれそうな奴は居ないと思うのだが。
浜は立ったままこくりこくりと船を漕ぎつつ、ずり落ちそうになった長細い黒い袋を担ぎなおす。
「…転入生、だから」
億劫そうにそう答える。よほど眠いのだろう。
「なんだそりゃ」
「転入生って、珍しい、から」
いやまったく分からん。だが追求する前に浜はこくりとひとつ首を動かすと、それきり動かなくなった。おいと声をかけてもぴくりともしない。こいつまさか、立ったまま寝てしまったのだろうか。それほど眠いとなると、夜は寝ていないのか、眠れないのか…。分からないが、これからどうしよう。こいつを担いで見学に行かないといけないのだろうか。



殆どの班が各自の見学場所へ向かうべく出発してしまい、最初に比べて閑散としている。そんな中聞こえた悲鳴は、案外と大きく辺りに響いていた。


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あきゅろす。
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