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ディモルフォセカ(仮)
07


生徒会の仕事を抜け出してくるのは、さほど難しい事じゃなかった。気分転換に散歩に行きたいと言えば柄澤は仕方ないですねとか言って黙認するし、今みたいに夜中に出歩いても、教師は俺のすることには口を出さない。
月明かりの下を目的の場所に向かって歩いていたが、進むにつれて空気がぴりぴりしていくような気がした。それは目的地付近に足を踏み入れた時に直ぐに知れた。まだ溜まり場にも近付いていないというのに、品定めするような視線がへばりついてくる。何かあったのかもしれないと考えるのは普通だったが、さすがに私用で訪れた手前事前調査など何もしていないので、何があったかまでは推察できない。やはり地元を離れると情報が途端に入らなくなる。少しくらい調べておくべきだっただろうか。
少し失敗したかもしれないと思いながらなおも足を進めていくと、前方に何者かが立ちふさがった。どうやら俺が向かう先が自分達の縄張りだと気付いたようだった。
「どこの奴だ」
「ここがどこかわかってんのかよ?それとも迷子か」
余裕の笑みで見下してくる奴らを冷めた目で見つめる。俺が今日ここに来る事を知らなかったという事は、こいつらは下っ端中の下っ端だ。用は無い。無視を決め込んで脇を通り過ぎようとすると、途端に顔を険しく顰めたやつ等が制止させようと手を伸ばす。
「おい、何シカトこいて…」
「馬鹿、やめろお前ら。病院送りにされるぞ」
聞き知った声が警告を入れると、ぴたりとやつらの手が空中で動きを止める。
「総長」
「光田さん」
だが表情は困惑気味だ。状況を理解できていないのだろう。俺は奥から姿を現す大男を鼻で笑ってやる。
「随分な歓迎だな」
「悪かった。だが悪気は無いんだ。こっちにも事情ってもんがある」
やはり何かあったのか。このグループの総長…光田は疲れた顔でひとつ溜息をついた。それから一拍置いて、ゆっくりと口を開く。
「――久しぶりの再会早々なんだが、お前と取引がしたい」
「俺と?」
「そうだ。虚空総長のリュウのお前とだ」
どうやら俺たちのチームの名前もこの遠い地でそこそこの知名度があるのか、周囲が動揺する気配がした。だがそんな気配に構ってやるほど俺も優しくは無い。問題は光田の言葉だ。奴の言いようは、友人というよりも族長としての俺と手を組みたいと言っている様だった。そうなると、二つ返事での承諾は出来ない。無意識に気配が硬質になってしまったのか、それを光田がおかしそうに少しだけ笑う。
「取引だと言っただろう。俺はお前が喉から手が出るほど欲しがってるものを持ってるぞ」
「そんなものは無いぞ」
「そうか?」
光田はにやりと口の端を歪めた。
「なら、ケルベロスのナナシの情報は、不必要だな」








「上田俊彦」
今日の昼間に俺を囮にとんずらこいた人物の名前を言えば、目の前の男は「はあ?」と顔を顰めてきた。何の用だと聞くから答えたんじゃないか、最初から理解する気が無いのなら放っておいて欲しいものである。
現在夜の八時。空には丸い月が輝き、ここまで来るのに存外明るい夜道だった。本来夕飯後に外出する事は許されていないが、美化委員というだけで許可が下りた。ほんとあの委員は一体どれだけ権力を持っているのだろう。今は便利なので有り難くそれにあやかるが。
「上田さんに用事だと。何モンだ」
「通りすがりの被害者だ」
二度目の「はあ?」を頂いた。だから理解する気がないなら…いいやもう。とにかく上田俊彦を出してくれと言っているだけなのに、なんで人が集まってくんだ。なんで睨まれてんだ俺。
「何の騒ぎだ」
バーらしき店の中から男が一人顔を出してきた。長身の男だ。誰かが「総長」と呼ぶ。
「…あんたがここのボスか」
「そうだが。単独で、トパーズに何か用でも?」
狡猾そうな瞳がすっと細められる。それだけで周囲の敵意が膨れたような気がした。だがお門違いだ。俺は別に喧嘩をしに来たわけじゃない。
「宝石は関係ない。何度も言うが、上田俊彦を出してくれ」
「…俊彦?」
少しだけ驚いたような顔をされた。
「俊彦に何の用がある」
「別に…用ってほどのもんじゃない。ただ一発殴らせてくれればそれでいい」
何の関係も無い一般人を自分のトラブルに巻き込んだ上に利用して逃げおおせるなど許されるもんじゃない。一発殴られるだけで済むなら儲けモンというものだろう。自分でもかなり寛容な処置だと思う。まったく中学の頃に比べて随分丸くなったものだ。
そんなある意味甘い処遇で勘弁してやろうという俺を、何故かボスは睨みつけてきた。
「お前…光田連合だな」
光田連合…どこかで聞いたことがある。しかもつい最近。どこだったかと考えている間にも、周囲も目の前の男も殺気立って行く。ううんと頭を捻っていると、ぱっと閃くように思い出した。そうだ、あいつらだ。上田俊彦を追いかけていた二人組、あいつら自分達を光田連合だとか名乗っていた気がする。
「一人で乗り込んでくるたあ度胸があるじゃねぇか。だがやってきたからにはタダで帰すわけにはいかない。こっちも三人お前らにやられてるんだ」
なんか知らんが気がついたら変な言い掛かりを付けられていた。上田俊彦といいこいつといい、ほんと碌でもない奴らばかりだ。これはあれか、漫画によくある「骨が折れたから慰謝料よこせよ」と同じパターンだろうか。呆れ返る俺の反応など眼中に無いのか、男はすっと周囲を見回す。
「山本」
「はいっ」
「お前が相手しろ。…お前見ない顔だし連合でも下っ端だろう。さすがに多勢に無勢は勘弁してやる。俺たちはお前ら屑とは違うからな」
なんだ、どうして喧嘩のお膳立てがされてるんだ。とんとん拍子に話が進んでいるところ悪いのだが、全く状況が理解できない。別に極悪非道の上田俊彦以外に用は無いのだが。面倒な事になった、これならこいつらの制止の声など無視をしてさっさと店の中にでも入ってしまえばよかった。
数分前の自分を悔い改める俺の前に、男が一人進み出てくる。山本と呼ばれた奴だろうか。
「容赦しないぜ、新田さんの仇……あ…?」
そいつは俺を見て、ぽかんと間抜けな面を晒し始めた。ん、ちょっとまて。こいつどっかで見た事があるような気がする。えー、あー…。
「…あ」
そうだ思い出したこいつ、ミシマコウジをカツアゲしてた奴の内の一人だった、ような気がする多分。ぼんやりとだが顔を覚えている。数秒お互いの間抜けな顔を無言で見つめる俺たちに、ボスの男が不可解そうに声をかけた。
「どうした、お前ら…」
「んー、何よ何の騒ぎィ?」
なんだか変な空気が流れたその場に、新しい声が降って沸いた。それは周りの野次馬を押しのけて中心に向かってくる。それを察した野次馬達がさっと道を開いた。
「マジ邪魔だから散れよ。ホント近所迷惑……あ」
「あ」
新たな闖入者はぱちくりという表現が全く良く似合う顔をする。
見つけたぞ、上田俊彦。


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あきゅろす。
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