男は名前を藤堂といった。短髪のすっきりとした男前で、見た目だけで言うなら本よりもサッカーボールが似合うような男だった。相変わらず敬語は健在で、しかしやめろと言うほど親しいわけでもないので好きにさせる。六畳の小汚い居間に居座るには、スーツ男は少々不似合いであった。 「じゃ、ご説明とやらを聞こうか。薫なんちゃらが、なんだって?」 「お父上様から、言伝を預かりました」 「おちちうえさま…」 なんと似合わない言われようだ。何だか本当にろくでもない話になりそうだなと腕を組む。 一通り喋らせたら帰らせようと思っていた。どんな話が飛び出すか想像できなかったが、どうせろくな事じゃない。 そう思っていたのだけれど。 「では…『おまえの弟達は預かった。返して欲しくば藤堂と共に私の所に来られたし』…以上です」 いつだったか、趣味の悪い番組を見た。 成金のお宅訪問というやつなのか、ドデカイ家に押しかけて、家具や宝石の値段を聞いてくという番組だ。何百万だか何千万だかいう腕時計を見せられて、レポーターがわざとらしく騒ぎ立ていたのを覚えている。 そんな大昔の番組を思い起こさせる、でかい屋敷のデカイ門を前に、今俺は立ち尽くしている。 俺の立ち位置は、まさしくそのレポーターだろう。ただし、愛想を振りまく相手がいないので、おもクソに眉間に皺が寄っていると思うが。あのレポーターだって仕事だからあんな真似をしているのであって、一銭も入らないなら今の俺のようになっているはずである。 「こちらへどうぞ、和成様」 爽やかサッカー選手藤堂が、門の先を示す。気がつけば重厚な木の門は開いていて、それに気付かないほど呆けて家を見上げていた自分は恐らくすごい阿呆な面をしていたのだろうなと想像する。想像して、少し恥ずかしい気分になった。 藤堂に続いて門をくぐると、そこは日本庭園が続いていた。どうして俺はこんな場所に案内されるのかさっぱりだ。話の流れから薫がここに居るのだろうが、あの野郎とこの庭園がどうしても結びつかない。 これならむしろ、オチチウエサマとやらが借金をして、その借金の肩代わりをさせようと俺を誘い込んだと考える方がよほど自然だ。いやむしろもうそれしか考えられない。弟たちの身柄を引き換えならどんなに膨大な借金でも返してやる気概はあるが、まずは薫をセメントで海に沈めてもらうように頼まなければ…。 こんな成金の主人だ、喜んでそんな楽しい見世物を作ってくれるだろう。 「この部屋にいらっしゃいます」 何が、成金主人が?俺が何か言い返す間もなく、藤堂は「ごゆっくり」と言って足早に去っていった。 障子を前に、俺は暫くそのピンと張った白い紙を睨んでいたが、直ぐに手を伸ばした。 中から、弟たちの悲鳴が聞こえたから。 「一誠、正二、陽子!?」 きゃー!という子供独特の高い声だったが、確かに聞いた。もしやあのクソ野郎、俺の変わりに弟達を身代わりにしたんじゃねえだろうな殺してやる! スパンとすぐさま障子を開けて、それと同時に身を滑り込ませて…一歩目で、ぴたりとその歩みが止まった。 「あれ、兄ちゃん!」 「カズ兄、遅いよー」 「ねえもっともっと!」 「はっはっは、元気がいいなあ。なんだか懐かし…あ、いたたたた、ちょ、タンマタンマ!痛い痛い痛い!」 大人に絡まれる子供が三人…というよりは、子供たちにもみくちゃにされる大人が一人、と数えた方が良いかもしれない。乗りかかられて短い手足で関節を決められて、大の大人が「ギブギブ!」と畳を叩いている。 彼が成金の当主だろうか。特に弟たちに危害を加える様子が無いので(というか寧ろ被害を被っているのは彼のほうであったが)、少しばかり安心した。 「おまえら、それくらいにしろ」 「えー」 「なんだペナルティが欲しいか?」 途端に「ごめんなさい」と叫びながら駆け寄ってくる小さな三つの影。悪い事を一つしたら一回ぶん殴るという規則が家にはあるので、こう言うとチビ共は急に大人しく素直になる。まあ、効力はすこぶる短いのだけれど。 取り合えず三人の無事を確認する。殴られた痕もないし、顔色に翳りもない。 「…俺がこの子達に何かすると思った?」 隅っこで遊んでろとチビ達を追い立てた所で、成金当主にそう言われる。さりげなく確認したつもりだったが、どうやら相手にはばれてしまったらしい。少し傷ついたような顔をしているが、そんなのは信用ならない。 「誘拐紛いにかっさらっていかれたので、心配のひとつやふたつや五つや六つ、あるでしょう普通」 その上小学校には休学の知らせを入れておく念の入れようだ。 「それでも来てくれた」 「警察が動かなかったからです。父親が連れて行ったのなら誘拐にならないとかアホな事を言いやがって」 あの無能者どもめ。とまでは言葉にはしなかったが、ニュアンスは伝わってしまったらしい。微妙な顔をされた。まあ、こんな話はどうだっていい。ちゃっちゃと借金の話をしようじゃないか。 「俺を呼び出して、なんの御用です」 「それやめようよ、和成」 「…は?」 「敬語。すごく嫌だ。お前にそんなよそよそしくされるの」 「………そう、言われましても」 初対面の、それもこの場のイニシアティブを握るような相手に馴れ馴れしく口を聞けるほど図太くは無い。 それにしても、あんな身代金要求する誘拐犯みたいなメッセージを残した奴のはずなのに、どうも陽気に過ぎる。何かの間違いかとふと思ったが、直ぐに思い至った。そういえばあれは、薫が言った事だと藤堂氏が言っていたような。 そうだ。あのくそ野郎は一体どこにいる?恐らく息子の存在を仄めかして肩代わりするよう提案したのはそいつだろう。なんというか、このぽやぽやしたのが息子を使って肩代わりを要求するなんて言い出す場面が想像できない。それともそれは見かけだけで、腹の中は真っ黒なのだろうか。 「ところで、愚父はどこに」 「…愚父って、俺のこと?」 「いえ、俺の…戸籍上の父の事です」 俺の父、という単語は口を捻じ曲げても言いたくなかった。だから違う言い方をしたが、どうやらきちんと伝わっていないようだ。きょとんと首を傾げている。良い年したおっさんが!見た目がちょっと良いからって何でも許されると思うなよ成金野郎。 「薫ですよ。苗字は知らないんですが」 「蔵峰薫」 「…そういえば、旧姓はそんな苗字だったような、」 「俺だよ」 「……え?」 呆けて馬鹿面晒す俺に、成金当主はにっこりと笑った。 「俺がお前の父親の蔵峰薫だよ、和成。…会えて凄く嬉しい」 |