どんなに女ぶっても、男である限り気持ち悪い男にしかなれない。 と、俺は思っていた。 世の中には本当に女にしか見えない男も居るのだと、俺は今初めて知った。 「ちょっと聞いてるの?」 同じ制服、同じ性別、なのに。目の前のちんまいやつは、やたらと目がデカく、やたらと声が高い。ここが男子校でさえなければ、俺はこいつを女子だと断定して譲らなかっただろう。そこいらに転がってる女子よりも、こいつのほうが女に近い。 襟のバッチは三年カラー。こいつは先輩だ。 「聞いてますけど」 「じゃあ、生徒会の皆様に、それから霧崎様と小橋様にもう近付かないって誓って。勘違いしてもらっちゃ困るけど、これは僕の独断じゃないんだよ。全親衛隊の総意だから」 「…誓うのは構わないですけど、ちょっと聞いて良いですか」 美少女先輩は、一瞬言葉を詰まらせてから、「なあに」と小首を傾げてくる。年上の男がそれをやって気持ち悪いと思わないのは、俺にとっては衝撃的だ。 「霧崎と小橋って誰?」 「……え?」 「生徒会ってどいつのこと?皆川?沢村?」 「……ん?」 「ていうか親衛隊って何?」 「………僕をおちょくってるの?」 「真剣に聞いてるんですけど」 だから真剣に答えて欲しい。どうして俺が、昼休みのチビ共との電話を削ってまで、体育館裏なんて使い古された場所に呼び出されているのか。誓わされる内容が、ことごとく身に覚えがないものなのか。 あ、先輩、怒りで腕が震えている。 「…っとぼけないで!昨日のお昼、食堂で藤堂様の唇を無理矢理奪っておきながら…!」 「俺昨日の昼は屋上で弁当食ってたんですけど」 「そんな…あんた春藤太陽でしょ!?」 「俺は清水和成です」 しん。 遠くで野球部の声が聞こえる。昼休みも練習してんのか。飯はいつ食ってんだろう。 「…で、も…さっき、呼び出すとき、呼んだら来たじゃない…」 「転入生?って聞かれたら、俺転入生ですから、はいと答えるしかないでしょ」 みるみると、美少女顔が真っ赤になる。馬鹿にされたと思ったのだろうか。ハルフジタカヤスというのが誰かは知らないが、どいうやらそいつの代わりに何事かを誓わされたらしい。そしてそいつの代わりに怒鳴られるのだろう。なんて理不尽だ。 殴りかかってきたなら全力で相手をするつもりだが…この顔は、男と判っていてもちょっと殴れそうに無い。腹ならいいかな。いいよな。 「ご」 …ご? 「ごめんなさいぃ…!」 え、何か反応が想像と違う。細い眉をハの字にして、真っ赤な顔を俯かせるその姿は、さながら美少女が泣いているようだ。つまりどういうことかというと、はたから見るとまるで俺が泣かせているようなのであって。 「ちょ、なに、どうして」 無意識に周囲の目を気にしてきょろきょろしてしまった。体育館裏なんて元々人気がないせいか、誰も居ないとはわかっている。けれど確認せずにはいられない。なぜだ、どうしてこんな事になっている! 「僕、僕…!幹部になって、は、初めての仕事、だったからっ、ま、舞い上がっちゃって、それに、春藤くんが許せなくって、それで、僕、う、ごめんなさい、勘違いしちゃって」 「わかった!わかったから!初めてならしょうがない!勘違いなんて誰にでもあるって!だからお願いだから泣かないでくださいっ」 まずはお前が落ち着け俺!こいつは男だ!考えてみろ、もしこれが皆川だったらぶん殴っているだろう!でもこいつ女にしか見えないんだよぉぉおおお!! 心の中大混乱で、とにかくどうにか泣き止ませようとしてみる。もしかして言葉を詰まらせたり震えていたりしていたのは、怒りとかではなく、ただ単に緊張とか怯えとかだったのかもしれない。呼び出されてなにやら言い募られた被害者は俺ではあるが、相手にもそれなりの覚悟や恐怖があったのだろう。 真っ赤な顔で俯いて、ごめんなさいと小さな声で謝るその姿に、在りし日のチビ共の姿が重なった。ゆっくりと息を吐くように、溜息をつく。 「…先輩」 「う、ん…?」 「俺、別に気にしてないです。ちょっと昼休み削られちまったけど、それだけだし、謝ってもらったんで、全然チャラです」 「…でも」 「その後だろ?間違えた後、どう行動するか。自分は駄目な奴だって卑下するのも別に悪くないですけど、ずっとそれをやってるつもりですか」 「…っ」 びくりと肩が震える。別に怒って言ってるわけじゃない。それは先輩もわかっているだろう。その証拠に、次第に落ち着いてきて、涙も止まったようだった。時折鼻を啜るくらいになって、ようやく先輩が顔を上げる。 「…うん。ごめん、落ち着いた」 目元が少し赤い。散々拭いていたはずなのにその端に少しだけまだ涙が溜まっていて、ちょっとおかしかった。袖で拭ってやる。 「それはよかった」 ぼわり、と音が出そうなくらい急に、いやほんともう急に、先輩の顔が真っ赤になって、俺はまた彼が泣くんじゃないかとひやりとした。けれど先輩は何度か咳をしただけで今度は泣くに至らなかったようだった。ホントよかった。 でも結局なんで赤くなったのかは聞いても教えてくれなかった。 思い出し照れ? |