[携帯モード] [URL送信]
(クリーチャーとハリー)







レギュラスさまとの別れから何年もの時が流れました。
私には新しいご主人さまができました。
何を隠そう、あのハリー・ポッターさまでした。
ハリーさまはとても変わったお優しいお方です。
私がいちばんよく覚えているハリーさまとの思い出はとてもあたたかいものです。



長い戦いが終わり、人々のお祭り騒ぎは終わらない。
すれ違う人すべてにお礼を言われるハリーは、ほんのすこし照れくさかった。
ふとあたりを見回すして、クリーチャーの姿をみつけると、まっすぐに歩きだした。
遠目からでもわかる。
所々傷ついて、血が流れている。
「ハリー・ポッターさま…」
クリーチャーが不格好に、けれど暖かく微笑んだ。
「…クリーチャー。君はとても勇敢だった。けれど僕は、君に来てほしくなかった。来てほしくなんかなかったんだよ」
自然とクリーチャーの視線にあわせると、そっと手を握った。
ハリーの顔は今にも泣きそうだった。
「どうして、来たの」
「レギュラスさまと、そしてあなたのために」
心から仕えたいと感じたハリーさまだから。
クリーチャーが決めた、ふたりめの、大事なあるじさま。
「君に、けがなんてしてほしくなかった」
お優しい、ほんとうにお優しいハリーさま。
けれど、クリーチャーは。
「あなたさまを守るために、戦いたかった。レギュラスさまが守ろうとしたもののために、戦いたかった」
どれだけけがをしても、譲りたくなかった。
ドビーのようにハリーを直接守れたわけではない。
けれどクリーチャーは細い腕で、たしかに何かを守った。
かつて守れなかった大切な何かを。
「ぼく、君にひどいことだってたくさんいったのに、どうして」
ハリーはぼろぼろと泣き出した。
出会った頃、この小さな妖精に抱いていた感情はけしていいものではない。
その気持ちもたくさんぶつけた。
「ひどいことなんて何もありません。クリーチャーめは、あなたさまがだいすきです」
ハリーの前でクリーチャーははじめてほんとうの笑顔を見せた。
美しい花のようではないけれど、暖かくて優しい花のように。
それは今までレギュラスしか知り得なかった最上の笑顔だった。
「クリーチャー…」
涙を流しながらクリーチャーをぎゅっと抱きしめた。
細い身体が折れてしまわないように、けれど思いを込めるように、ぎゅっと。
「ハリーさま」
「なんだい?」
「ドビーのために、いろいろとありがとうございました。ドビーはしもべ妖精の中でも、格別にしあわせでした」
クリーチャーを抱きしめる腕にほんの少し力がこもる。
それからハリーはいっそう嗚咽を大きくしながら泣いた。
クリーチャーも嬉しさからか、ぼろぼろと涙をこぼした。
それははじめて知る気持ちでなんという名前なのか、クリーチャーは知らない。
けれど大切で、いとおしくて、やさしい、特別な気持ちだった。

「ありがとう、クリーチャー」
しばらく涙をながしていたハリーは、クリーチャーからそっと離れた。
「いいえ、ハリーさま。なんにも」
泣きすぎてはれぼったくなった目を細めて笑った。
「そうだ。君に協力してほしいことがあるんだ」
「何なりと、ハリーさま」
大きく息をすって、ハリーは口を開いた。
まだにぎやかなはずの大広間の音は気にならなくなっていた。
「君のもっている、シリウスとレギュラスの記憶を見せてほしいんだ」
ゆっくりと時がとまったような気がした。
(今、なんて…)
「君がつらいのなら無理にとは言わない。けれど僕も一度みてみたいんだ。ふたりのことを、ちゃんと」
言葉の途中からクリーチャーの目には再び涙があふれていた。
とても優しくて、暖かい。
どうしてこんなにも優しいのか。
つらいだなんて誰が思うだろう?
やっと現れてくれた。
レギュラスさまの優しい真実に手を伸ばしてくれる方が。
ずっと待ち望んでいた。
ずっと。
「ありがとうございます…ありが…っ…ほんとうに…」
熱い涙が記憶の靄に変わっていく。
ハリーはポケットから瓶をとりだして、詰め込んでいった。
大量の記憶が瓶をいっぱいにしていく。
瓶がじんわりと暖かみを増した。
「ありがとうクリーチャー。これから僕は記憶の中にいく。クリーチャー、君にはそばで待っていてほしいんだ」
少しの期待とともに大きな不安を抱えていた。
言葉にできるほど明確なものではないけれど、もやもやと薄暗い大きな不安。
「もちろんでございます、ハリーさま」
「ありがとう。じゃあ、いこう」
ハリーはくるりと背を向けた。
「乗って。このほうがはやいから」
きっとこの行動はクリーチャーのけがが理由でもある。
もし、ハリーがそう言ったならばクリーチャーは断っていただろう。
そのことを知ってか知らずか言われた理由がとても嬉しかった。
「ありがとうございます、ハリーさま」
小さな身体をゆっくりと預ける。
ハリーはクリーチャーを軽々と背負いながら歩きだした。
けがに考慮しているのか、ゆっくりゆっくりとした歩きだった。
ホグワーツ城にはまだ生々しい傷跡が残っている。
美しかった城が一晩でこんな風に変わってしまった。
ぼろぼろに崩れた壁が痛々しい。
けれどきっと大丈夫。
生きているから、またここからはじめられる。
ハリーはそう確信していた。
「上に行っても?」
校長室を守るガーゴイルに一応声をかける。
「ご自由に、ハリー・ポッター」
ぴょん、と脇によけてくれた。
ハリーはほほえみ、クリーチャーは小さく頭を下げながら中へと入っていった。

「ハリーに、クリーチャーかの?」
藤色の声がした。
見上げてみれば、やはりダンブルドアだった。
生前とかわらないゆったりとした優しいほほえみ。
「はい先生」
そっとクリーチャーを床へおろす。
クリーチャーははじめてはいる校長室に少し緊張しているようだった。
「クリーチャー?我がブラック家のしもべ妖精のクリーチャーか?」
フィニアスが驚いて声を上げた。
実際に仕えたことはないが、誇り高きブラック家の一員だ。
クリーチャーは深々と頭を下げた。
「フィニアスさま、おひさしゅうございます」
フィニアスは誇らしげに笑った。
クリーチャーがしもべ妖精を率いて戦っていたことを知っているのであろう。
「それでハリー。どうしたのかね?」
「憂いの篩をお借りしたいのです。ちゃんと、シリウスとレギュラスのことが知りたいんです」
ダンブルドアは泣きそうな顔でほほえんだ。
本当に勇敢でやさしい子だと、心から思った。
「よろしい、使いなさい。君はきっと知っておくべきじゃ」
ハリーは一礼するとつい、と憂いの篩を手元に呼び寄せた。
並々と満たされた水の中に靄のはいったビーカーを傾ける。
音もなく水の中に入り、浮かんでいた。
「クリーチャー、いってくるね。少しまっていてくれ」
「いってらっしゃいませ、ハリーさま。お気をつけて」
小さな波紋とともにハリーは篩の中へとはいっていった。

クリーチャーはハリーを見送った後、そわそわと落ち着かなくて憂いの篩の周りをくるくる歩いた。
「クリーチャー、君の記憶は膨大じゃ。すこし落ち着きなさい」
くすくすとダンブルドアが笑った。
かあっと恥ずかしさで顔が朱に染まる。
「すみません…。ダンブルドアさま、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何なりと、クリーチャー。それと、その呼び方はちと恥ずかしいのでやめてくれると嬉しいのお」
クリーチャーのまわりはどうしてこんなに優しい人であふれているのだろう。
レギュラスさまも、ハリーさまも、ダンブルドアさまも。
「ハリーさまは、どうしてあんなにもわたしにお優しいのでしょう。私は、屋敷しもべなのに」
床にちょこん、と座った。
今までであった魔法使いの中でこんなにも優しくしてくれた人はレギュラスとバーティー以外、クリーチャーは知らない。
けれどこれが普通なのだ。
屋敷しもべは魔法使いでは、ないのだから。
「なにも特別なことではないよ、クリーチャー。本来屋敷しもべと魔法使いの関係はこういう形であるべきだと、わしは思う。きっとハリーもそう思うておるだけじゃよ」
半純血で、マグル育ちのハリー・ポッター。
彼が変わっているのではなく、魔法界がゆがんでいたのだとダンブルドアは断言した。
「そうで、しょうか」
クリーチャーが今まで思っていた普通は普通ではなかったのだろうか。
シリウスのことはあまり好きではなかったけれど、あれが普通なのではないのか。
「クリーチャーのように思うておる人が大半なのは確かじゃ。だからといってそれが真実なわけではあるまい?」
すべての人がレギュラスさまのようで、ハリーさまのようである世界。
それは確かに、優しい世界だ。
そしてまた、心地のいい世界だ。
「そうであったとしても、ハリーさまがお優しい方であることは確かでしょう?」
「それはもちろんだとも、ハリーは実に優しい子じゃ。そしてこれからも変わりなくいてくれると、わしは思うておる」
蜂蜜がとろり、とこぼれるような甘さでダンブルドアは笑った。
クリーチャーもつられて、にこりと笑った。
そのとき、部屋に水の音が響いた。

「ハリーさま!」
クリーチャーが駆け寄ると、ハリーの顔は涙でぬれていた。
苦しそうに、嗚咽をもらしいている。
「大丈夫でございますか?お水をお持ちいたしましょうか?」
おろおろとハリーの周りを歩き回った。
いったいなにがあったというのだろう。
ダンブルドアも心配そうな瞳で見下ろしている。
「…すてきな、家族だったんだね。君にとって、本当に特別で、大切な人たちだったんだね」
泣きながらハリーは言った。
クリーチャーはほんのわずか目をまんまるにしていたが、ゆっくりと笑いながら頷いた。
「はい」
クリーチャーは、ハリーがそう言ってくれたことが本当に嬉しかった。
ハリーが膨大な記憶の中で見つけた確かなもの。
レギュラスの優しさ。
クリーチャーの心。
シリウスの気持ち。
ひとつひとつが大切であたたかなもの。
ハリーはぎゅっと涙を拭ってクリーチャーの手を握った。
「クリーチャー。レギュラスと、シリウスのお墓をつくろう」
「え?」
一瞬ハリーの言っていることが理解できなかった。
「もう二人とも埋めてあげられる身体はないけれど、きちんと作りたいんだ。…どうかな」
そんなの、そんなの。
クリーチャーの心に答えは一つしかない。
「ありがとうございます、ありがとう…ハリーさま…。きっと、お二人ともお喜びになられます…」
止まっていた涙が再び頬をぬらした。
ハリーは笑ってクリーチャーを抱きしめた。
「ふたりとも、きちんと葬られていい人たちだ」
もう何もいうこともできなくて、ただただ頷いた。
ほんとうに、心からお優しいハリーさま。
クリーチャーのだいすきな新しいご主人さま。
心から仕えたいと願う、もう一人の、ご主人さま。



ハリーさまとお話して、約束をしたあの夜。
その日はきれいな満月の日でした。
わたしはお月さまをみると、どうしてもレギュラスさまを思いだしてしまうのです。
なのでそれまでは、見るのがすこし苦しくて、眺めては謝ってばかりいました。
けれどその夜ばかりは、お月さまが笑ったような気がしたのです。
わたしのことを好きだといってくれたレギュラスさま。
そのレギュラスさまにやっと何かをお返しできたような、そんな気がしました。
レギュラスさま。
クリーチャーめは今とても幸せでございます。
レギュラスさまがむかし「幸せにおなり」といってくださったときは、幸せの意味がよくわかりませんでした。
けれど今はよくわかるのです。
レギュラスさまとすごしたあの長いようでとても短かった時間。
あのとき感じていたあたたかい気持ちを、ハリーさまと過ごす時間の中に見つけたのです。
レギュラスさま、わたしはとても幸せでございます。
身体中でそう感じています。
レギュラスさまがひらいてくださった七色の未来。
ここは今、優しい光で満ちあふれています。
どうかレギュラスさまも、大きな幸せにつつまれていらっしゃることをこの月の虹の下で、願っております。




あきゅろす。
無料HPエムペ!