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(レギュペチュ)







人を殺すことに、感情がともなわなくなったのはいつ頃からだったろう。
「私たちがなにをしたって言うの!」
泣きながら怒り、命乞いをするマグル生まれの夫婦。
マグル生まれは存在そのものが罪だ、とあの方はおっしゃった。
考えて行動したところで自分の運命はもう変わらない。
そう思っているからか、感情は自然と消えていった。
マグル生まれの一家全員を殺し、反撃で少し傷の付いた腕を治療するとすぐに報告に向かう。
それが自分のいつもと変わらない日常だった。
「よくやった。次はこの一家だ」
褒める言葉もそこそこに次の命令が下る。
差し出された写真には見覚えのある顔が写っていた。
在学中に何度か見かけたことのある、元グリフィンドール生だ。
「わかりました。失礼いたします」
命令実行のために感情はいらない。
そうやって生きていくのが、一番いいのだと思った。

姿あらわしをしたのはマグルの街の郊外だ。
写真の一家はここにひっそりと隠れすんでいると聞いた。
「僕は、なにをしているんだ」
小さな声で問いかけてみる。
答えは、ない。
ぼんやりとした思考で歩いていると肩に衝撃が走った。
「痛いじゃない!どこみて歩いてるのよ!」
いつの間にか俯いていた顔をあげると、灰色の目によく映えるブロンドの髪をした少しきつめの女性がいた。
このご時世に杖を携帯していないところをみれば、すぐにマグルだとわかった。
「…すみません」
息苦しくて、すぐにそこから逃げ出したかった。
「…あなた、魔法使いでしょう」
息をのんだ。
自分でも驚くほど体が波打ったのがわかる。
だんだんと呼吸が不安定になり、気がつけば駆けだしていた。
何故わかったのか。
何故こんなにも恐ろしく思ったのか。
答えはやはり見つからなかった。

それからの仕事は、焦りが残っているのか反撃する隙を与えてしまい、出血するほどの傷を負った。
それでもなんとか一家を殺し、血塗れの身体をローブで隠して歩きだした。
ズキズキと痛む身体が一歩歩くごとに重みをましていく。
(はやく、治療しないと)
人通りの少ない公園を見つけ、ベンチに腰掛けながらゆっくり息を吐いた。
傷口から血が流れ出ていく感触がわかる。
今日は気が動転していたせいか、とても疲れた。
このまま眠るように死んでいけたらどんなに楽だろうと考えるほど、もうなにもかもがどうでも良かった。
「…あなた…さっきの…」
突然頭上から聞こえた声に、全身がぞわりと粟だった。
恐る恐る声のするほうを仰ぎ見ると、やはり先ほどの女性が立っていた。
「やっぱり!ちょっと、この怪我どうしたの!?」
女性は駆け寄ってゆっくりとマントに手をかけた。
「…!触るな!マグルのくせに…!」
思わず声をあらげていた。
もともと純血主義ではなかったのに、いつの間にか身体に染みついていた罵倒の言葉。
女性は驚きで目を丸めながらもマントをはぎ取った。
「…っ!」
生々しい傷跡たちに息をのむ音が聞こえた。
「もう、いいでしょう。はなしてください」
いっそ懇願でもするように声を絞り出した。
はやく傷を治して報告に戻らなければ、とぼんやりした頭で思う。
「いいわけないでしょう?!来なさい!今なら誰もいないから!」
女性は怒り、ヒステリックに叫んだ。
このままついていってはいけないと頭ではわかっているのに、身体は手を引かれるままに歩きだしていた。
左の二の腕からじわりと血が滲んだ。
(もうなにも考えたくない…)

手を引かれてついた先は彼女の家らしかった。
「今はみんな出かけてるし、当分帰ってもこないわ。入って」
入って、と言う割に強引に中に押し込まれた。
それから清潔そうなリビングに通され、少し待っていてと彼女は部屋を出ていった。
今のうちに帰ることもできたが、何もしたくないほど身体は疲弊していた。
そのかわり、素性ぐらいはつかもうと辺りを見回す。
トロフィーや花、それに家族写真と思われる写真があった。
呼び寄せ呪文で額を呼び寄せたとき、彼女は帰ってきた。
両腕に消毒液などの治療道具と、お茶のセットを抱えいいる。
「…それは、母と父と、魔女の姉よ」
重々しく口を開いた彼女は静かに目を伏せた。
写真に目を落とすと、思わず声を上げずに入られなかった。
「これは…!エバンズ、先輩…!」
そこに写っていたのは在学中、とても良くしてくれた先輩だった。
リリー・エバンズ。
今は卒業して騎士団に属し、ジェームズ・ポッターと結婚してどこかに隠れすんでいると聞いた。
「リリーを、知っているのね」
彼女は確かめるように、切なそうに呟いた。
「じゃあ…あなたが、ペチュニア…?」
リリーと話しているときはいつも自然と兄妹の話になった。
だからなのか、彼女の名前をいつ間にか覚えていた。
「…そうよ。あなたの名前を聞いてもいいかしら」
「レギュラス・アルクトゥルス…ブラック」
ブラック家の名前を言うのを躊躇ったのは、やはり兄の顔がちらついたからだった。
頭ではわかっているのに、わかっているはずなのにいつだって気にしてしまう。
「そう、レギュラス。…ふふ、星の名前を二つも持っているのね」
弱々しく微笑みながらレギュラスの前に紅茶を差し出した。
「ありがとうございます。…星の名といっても、兄のおまけのようなものですから…。ペチュニアは花の名前なんですね」
いつもなら警戒して出されたものになど口を付けないのに、気がつけばペチュニアが出した紅茶に口を付けていた。
「兄?…もしかして、シリウスとかいう人の弟なの?」
思わず紅茶を吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
シリウスの名を知っていたとしてもあまりにも頭の回転が速すぎる。
「よく、わかりましたね」
「…リリーから散々聞いていたもの。ねえ、リリーはいつもどんな風に私のことを話していた?」
はっとして思い出した。
そういえばリリーとペチュニアは仲があまり良くなく、連絡もいつもリリーが一方的にしていたと聞いた。
「エバンズ先輩はいつもペチュニアの話をしていました。仲直りしたいとも、聞きました」
その言葉を言った瞬間にペチュニアの目にはみるみる涙がたまった。
「そんなの…そんなの無理よ…。リリーはわたしをおいていった!わたしだって、魔女になりたかった…!」
レギュラスは目を見張った。
今まで聞いていたペチュニア像は頑固で、魔法が嫌いで、リリーが嫌いでつんとした人だった。
けれど今目の前にいる彼女は姉思いの優しい妹のそれだった。
「ペチュニアの気持ちは…なんとなく、わかる」
「なにがわかるって言うの?あなたはあなたもお兄さんも魔法使いじゃない!」
確かにそうなのだが、レギュラスには確かにペチュニアの気持ちがわかった。
放置されたままだった傷跡を治療道具を借りて治療しながらレギュラスは話した。
本当は仲の良い兄弟だったこと。
けれど兄は家を、弟を捨てていなくなってしまったこと。
母や父の期待に応えるためにも自分には進まなければならない道があったこと。
「僕も本当は兄さんと同じ道を生きていきたかったんだ…。でも、できないから。してはいけないから」
話が終わると同時に治療もすんだ。
そろそろいかなければとペチュニアのほうをちらりと見ると、ぎらぎらとレギュラスを睨んでいた。
「わたしには魔法界のことなんてわからないわ!でも、でも…あなたが、レギュラスがそんなに背負い込む必要なんてなかったはずよ!」
それはレギュラスがずっと待ち望んでいた言葉だったのかもしれない。
ひとりでやらなくていいのだと。
失っていたはずの心の歯車がギシギシと音を立てながら再び回り始めた。
気がつけば澄んだ水のような涙が止めどなくあふれていた。
「でもぼくは、兄さんに、幸せに、なんの苦しみもなく、生きてほしくて!だから…!だから…っ」
「もういい!もういいから!」
ペチュニアはレギュラスに抱きついた。
レギュラスが苦しむ姿はまるで自分を見ているようで苦しかった。
「僕は、さよならが言えなかった…。あの方か、兄さん。どちらかに言わなければいけなかったのに!言えば良かったのに!言えなかった!」
さよならと言えないレギュラス。
闇の帝王に告げれば、騎士団として戦えていた。
兄に告げれば、死喰人として迷わず戦えていた。
どちらかに告げなければいけなかったのに言えなかった。
「わたしは…さよならなんて、言いたくなかったのに…まだやり直せたのに…さよならを、言ってしまった!」
さよならと言ってしまったペチュニア。
素直にさえなればリリーとまたやり直せたはずが、彼女は言ってしまった。
二人はとてもよく似ていたが本質は違う。
けれど人は、似て非なるものだからこそ惹かれあうのだ。

しばらく呆然と、ふたりは手をつないでいた。
「ああ、もう行かなくちゃ…」
レギュラスが泣きすぎて若干かすれた声で呟いた。
「そう…また、あえるわよね?」
レギュラスはもう会ってはいけないと心のふかくで思っていた。
だからこそ返事はせず、ペチュニアのおでこにひとつキスをした。
「な…っ」
さっきまで泣いていたペチュニアの顔がみるみる赤く染まっていく。
レギュラスはにっこりと泣き笑いをしながら杖を構えた。
「---さようなら、君に会えて良かったよ」
それから静かにペチュニアの記憶を消した。
涙の滴がのこる目を見開いて、ペチュニアはなにかを必死に訴えようとしていたがかなわなかった。

記憶を消されてぼうってしているペチュニアをおいて、レギュラスは家を立ち去った。
しばらく歩いたところで自分の記憶も消した。
残しておけば必ずこの先頼ってしまうし、なにより闇の帝王に心を読まれればペチュニアが危ない。
(もう会えなくていいんだ。僕は心を取り戻したんだから)
ペチュニアに会って、死んでいたはずの心は蘇り、駒としてではなくもう一度レギュラスとして生きようと思えた。


(それから一年ほどたって、心を持ち直したレギュラスは湖の底へと落ちていった)


二人が出会ってから、何年もたった春の夜だった。
「どうしたの、ママ」
ぼんやりとベランダで空を眺めているペチュニアにダドリーが舌っ足らずな声ではなしかけた。
すぐににこにこと笑いながらペチュニアはダドリーを抱きしめた。
「なんでもないのよ、さあ寒いから家の中にお入り」
ダドリーを家の中に戻すと、ペチュニアはもう一度空を見上げた。
輝くのはレグルスの星。
(どうしてかしら、特別な星じゃないのに、胸が苦しくなるわ…)
離れても、会えなくても、遠くても、輝く星。
それは記憶の海に横たわる優しい心だけが知っている確かにあった物語。
確かにそこにあった星と花の、夢の跡。


さあ、今度はきっと幸せの中で出会いましょう。



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