(セブリリ)幼少期
力 の そ の 果 て
僕の寝室のドアはとても薄い。
両親の口論の声が朝だろうと昼だろうと夜だろうとお構いなしに響く。
「お前があんな奴を産むから悪いんだ!」
父親と呼ぶことに吐き気を催すほどの嫌悪を感じる男の声だ。
卑しいマグルの彼は母を召使いのように扱うために結婚した。
魔法でなんでもしてもらおうという最低の考えで、だ。
「あの子は何も悪くないわ!悪いのはあなたのその考え方でしょう?!」
ヒステリック気味に響く母の声。
母はいつも僕に優しかった。
母だけが僕の魔法世界の住人だった。
「生意気なこというな!この化け物が!」
男の怒声が飛ぶ。
耳をふさいでもつんざく耳障りな声。
ここは、とても呼吸がしづらい場所だった。
どうしてもここにいたくなくて、安息をもとめて町を当てもなく歩く。
郵便ポストにとまる雀が不信そうな目を僕に向ける。
買い物帰りのおばさんも、外回りをしている営業マンもみんな僕を見ている。
それもそのはずなのだ。
僕はこれまで一度だって自分の服というものを持ったことがない。
今着ているのは全部あの男のお下がりだ。
とても古くてとてもみすぼらしい。
けれどあの男は母が働きに出ることを認めてはくれない。
だからいつも僕ら母子にはお金がないのだ。
あの男だけが私腹を肥やし、優雅に暮らしている。
そのことを思うだけで悔しくてたまらない。
けれど今の僕は余りに無力で、口論する母を助けてあげることすら叶わない。
(もっと、僕の魔法が強ければよかったんだ)
足早にひとりになれる場所へと急ぐ。
公園の一番大きな木の下が、僕のお気に入りの場所だった。
ひっそりとした公園はとても居心地がいい。
母の魔法の本棚から借りた呪文の本を貪るように読み尽くす。
もっと、もっと、もっと強い力を求めて。
「ね、言ったでしょうチュニー!ここの公園あんまり人がこないから穴場なのよ!でも素敵なところでしょう?」
ぞわり、と鳥肌が立つのを感じた。
甲高い少女の声。
考えるまでもなく僕の頭には声の主の正体が分かった。
(マグルの連中だ…!)
本能的に逃げたい、と思った。
けれどマグルたちが公園の入り口にいるので立ち去るに立ち去れない。
仕方なく息を潜めてそこに居座ることにした。
「ふうん、そうね」
先ほどの声とは違う少女の声が聞こえる。
いったい何人いるのかとそっと木の陰からのぞいてみた。
赤髪と金髪がひとりずつ。
似てはいないが、どうやら姉妹らしいことは想像できた。
「ほら、チュニー!ブランコ!ブランコのりましょう!あなた好きでしょう?」
興奮したように赤髪の少女が駆け出す。
(金髪がチュニー…)
「チュニーって呼ぶのやめてったら!わたしの名前はペチュニアなのよ、リリー!それに、お姉ちゃんぶらないでよ!」
赤髪の声とは違い、嫌悪感を抱くようなキーキー声が聞こえた。
(ペチュニア、赤髪がリリー、か)
いったいいつになったら、僕のお気に入りの静かな公園を返してくれるのだろうといらいらと本をめくった。
「リリー!なにしてるの?!」
驚愕に満ちあふれたペチュニアの声が響いた。
何事かと思わずのぞいてみた。
ペチュニアと同じように驚愕の声を上げないように必死に口元を押さえた。
(あ、れは…!)
「最近なんだかできるようになったのよ!すごいでしょう!」
それは魔法だった。
リリーは誇らしげに落ち葉を浮かばせていた。
(あの子はマグルじゃない、魔女なんだ!)
初めて僕の魔法世界に現れた、母以外の魔女だった。
興奮して思わず木から身を乗り出してしまっていた。
ちらっとこちらを見たペチュニアが驚愕に目を見開きながらリリーの手を引っ張った。
「いきましょうリリー!帰りましょう!」
脱兎のごとく二人はかけだしていった。
けれど僕は未だに目の前で起きたことが信じられなくてふるえていた。
(リリーは、リリーは魔女なんだ!でもマグルだからそのことを知らない!)
はやく母に話したくて本を握りしめてかけだした。
リリーと言葉を交わしたのはそれから、何ヶ月も過ぎたあとのことだった。
リリーははじめこそ不振な目を向けたが、次第に心を開いてくれるようになった。
ただ妹のペチュニアのほうはどうにも好きになれそうにはなった。
「ねえ、マグル生まれの魔女は珍しいの?」
リリーが不安げな目で訴えかける。
どう答えていいのか困惑しながら慎重に言葉を選んだ。
僕は未だにマグルも、マグル生まれの魔女も嫌いだった。
母がいつも言っていたからだ。
「マグルの血はやっぱりよくないわ。みんな、みんな野蛮だわ…みんなけがれてる…」
けれどリリーは僕の世界に現れた母以外の初めての魔女だったから、一番の友達になりたかった。
「今は純血のほうが少ない。リリーもすぐ馴染めるよ」
励ますように話した。
けれど僕はリリーがほかのマグルとは違うことを知っていた。
リリーは僕を品定めするような不快な目でみない。
純粋に魔法を愛する優しい魔女だ。
あの男みたいな野蛮なマグルとは違う。
「ホグワーツでもセブとずっと一緒にいられたらいいなあ。だってセブはわたしの初めての魔法友達なんだもの!」
とてもとてもうれしかった。
だから、だから僕は力を求めた。
母は僕がどんどん魔法を覚えていくのを喜んでくれた。
リリーもそうなのだろうと思った。
それから僕らは、ホグワーツに入学した。
寮こそ違ったものの僕らはずっと親友だった。
けれどだんだんリリーは僕の行動をとがめるようになった。
「どうして闇の魔術をつかうの?あれは邪悪なのよ!ねえ、わかってるんでしょう?」
けれど僕には理解できなかった。
(なぜ?なぜ?力があれば、もっと力があれば君を守れるし、君は喜んでくれるんじゃなかったのか?)
その思いのすれ違いは、いつしか大きな亀裂を生んだ。
埋めることのできないほど、深く。
けれど僕には今更引き返すことはできなかった。
もっと強くなれば君はまた僕をみてくれるかもしれない、その淡い希望だけが僕を揺り動かした。
けれど、力を求めたその果ては、決して幸せな道ではなかった。
力ではなにも守れなかった。
力ではなく、悔しさと悲しさだけが今の僕には残されている。
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