(シリル?)3巻後
疑 雲 の な い 空 を 抱 い て
目が覚めたとき、君はまた僕の前からいなくなった。
やっと知った真実。
やっと許せた君。
なのに、君はまたいなくなった。
「シリウス…」
無意識に口からこぼれる友の名。
同時に目から涙があふれ出す。
傷ついた頬に涙がしみる。
「ルーピン先生、起きたかの…?」
ダンブルドアのひどく優しい声が響く。
リーマスは慌てて涙をぬぐってベッドのカーテンを開けた。
傷だらけのリーマスの顔を見てダンブルドアは悲しそうに眼を伏せる。
「…大変な夜じゃったの。もう体を動かしても平気かの?」
「ええ。ありがとうございます。…あの、彼は、どうなりましたか?」
彼が自分のそばにいないということ。
それは彼が再び捕まったのか、逃げられたのか、あるいは…。
そんなリーマスの不安に気付いたのか、ダンブルドアは微笑みながら言った。
「彼はちゃんと生きておる。そうじゃな、俗に言う、逃亡生活じゃ」
生きている。生きている。
それを聞くと思わず安堵の笑みと、涙がこぼれた。
「よか…ほんとうに、よかった…。でもどうやって…?」
だがあれからすぐに逃げられたとは到底思えない。
あの場所にはセブルスがいて、ホグワーツにはまだ魔法省大臣がいたはずだ。
ディメンターの大群だっていたはずだ。
「ハリーたちが、救い出してくれたんじゃよ」
再びリーマスの心中を酌んだようにダンブルドアが言った。
「そうですか、あの子が…さすがだ…」
ふ、とリーマスの顔がゆるむ。
どうやったのかを知ろうとは思わない。
ただ彼が無事で、彼を救ったのがほかならぬハリーであること。
その優しい真実だけで嬉しくて、なぜだか誇らしくて、胸がいっぱいだった。
「それでのう、ルーピン先生。伝えねばならぬことがあるんじゃ」
これからどんな言葉が紡がれるかわかる気がした。
優しい彼に言わせるくらいなら、とリーマスは口をはさんだ。
「その前に一言よろしいですか?」
「なんじゃ…?」
きっと、リーマスが何を言い出すのか敏い彼にはわかっているはずだろう。
「申し訳ありませんが、本年度をもって退職させていただきたいのです」
「そう言うと思うておった…。実は朝食の席でうっかり、本当にうっかりじゃが、スネイプ先生がルーピン先生の正体を言うてしもうたのじゃ」
ダンブルドアは俯いて寂しそうな声で話した。
リーマスはセブルスに対して怒りを覚えたりはしなかった。
ただ、静かに目を伏せた。
セブルスは悪くない。
当然のことをしたのだと思った。
「校長、私は一度でもこの場で教えることができて本当に嬉しかった。ここは、ホグワーツは、私にとって幸せが詰まった宝箱です」
自分でも恥ずかしいことを言ったかな、と照れてはにかんだ。
つられてダンブルドアも笑った。
「…忘れないでほしい。生徒は君のことが大好きじゃったよ」
青い瞳が寂しげにゆれる。
リーマスは何も言わずに微笑んだ。
ダンブルドアにとってはそれだけで十分伝わった。
彼の溢れる感謝の心が。
彼のホグワーツに対する愛が。
「もうひと眠りしたほうがよいじゃろう」
にっこりと笑ってダンブルドアは幸せそうに病室を後にした。
一人残されたリーマスは懐かしむように天井を仰ぐ。
ぼんやりと学生時代の思い出がめぐる。
(昔も月に一度はこうやって寝かされたな…)
昔と違うのはいつもの三人がそばにいないこと。
「リーマス、平気か?元気か?」
突然聞こえるはずのない聞きなれた声がした。
「シ…リウス?」
驚きで声が震える。
(これは、夢?)
「どうした?気分でも悪いのか?」
ジェームズ。
「い、痛むの?」
ピーター。
「ど、どうして…」
思わず手を伸ばす。
しかし、手は届かなかった。
手を空を切り、三人は消えた。
(幻…か)
それでも、幸せだった。
彼は、シリウスは、笑っていた。
十二年間抱いた憎しみは紅茶に浮かべた砂糖のように、形をなくしていく。
やがてそんなものがあったのかすらわからなくなる。
(ああ、僕はやっと彼を許せた…。もうシリウスを憎まなくていいんだ…)
リーマスは静かに目を閉じる。
目覚めたときと同じように涙がながれた。
しかしその涙にもう悲しみはなかった。
喜びだけが、心を占めていた。
(今日はよく眠れる気がする…)
リーマスは優しい気持ちで眠りについた。
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