(リリナル)学生時代
百 合 の 花
あの日、浮かび、そして沈み、消えていった。
最後の彼女からの贈り物はあまりにあっけなく消えていった。
「ナルシッサー!」
ナルシッサが振り向くと後ろには何かを抱えたリリーがいた。
それは水の張った鉢のようにみえた。
「リリー…どうしたの?」
訊ねると花が咲くよな満面の笑みで言った。
「あのね、このところ研究してた魔法がうまくいったの!それでね、ナルシッサに是非もらってほしくて」
リリーがこれ、と言って指差したのは抱えた鉢だった。
それと真っ白な百合の花。
「鉢を…つくったの?」
真面目に聞くととリリーはくすりと笑った。
「やだナルシッサったら。違うわ」
リリーは笑いながら百合の花弁の一枚をそっと水面に浮かべた。
そして魔法をかけた。
するとおもしろいことに真っ白い花は一度沈み、浮かんできた。
浮かんできたときには真っ白な美しい魚となっていた。
「…!」
ナルシッサが驚いているとリリーは自慢げに胸を張った。
「どう?」
「すごいわ…」
めったに表情を顔に出さないナルシッサが珍しく驚いていた。
「あら、いいもの見たわ」
「とても美しい魔法だわ…」
ナルシッサはまじまじと鉢をみつめていた。
リリーはそんな彼女に微笑みかけた。
「…これナルシッサにあげたいの。もらってくれるかしら?」
「え…?」
なぜ自分にくれるのかが分からなかった。
きっとそれが顔にも出ていたのだろう。
リリーは悪戯っぽく笑った。
「私、今百合の花をつかったでしょう?」
百合の花。
彼女の名にちなんだ花で彼女のお気に入りの花だ。
「これを、私だと思って大事にしてくれたらうれしいなって」
「どうして、わたしに…?」
リリーは目を伏せながら切なそうにポツリ、と呟いた。
「もうすぐあなたは卒業してしまうでしょう…?このまま例のあの人の支配が続けばしばらく会えないから…その間私を、忘れないでいてほしくて…」
ぽろっとナルシッサの瞳から涙がこぼれた。
その涙は真珠のように美しかった。
「やだ!どうしたの!」
リリーは吃驚しながら心配そうにそっとハンカチをナルシッサに差し出した。
「いいえ…何でもないの。ありがとう、リリー。大事にするわ」
そういってナルシッサは泣きながら微笑んだ。
リリーはよく分からなかったが、ナルシッサが笑ってくれるのならそれでいいと思った。
「約束よ?」
リリーはまた、悪戯っぽく笑った。
(ずっとずっと忘れないわ。大事に、大事にしていくから。あなたとの出会いが本当に大切なものであったように、あなたとの思い出も、贈り物も、等しく尊いものだから…)
魚が消えて一片の花弁が浮かび上がってきたとき、彼女の死を悟った。
闇の帝王に命を狙われている事は夫から聞いていた。
違う道を生きているのだからこういうときも来るのだろうと覚悟はしていた。
半端だったけれど、覚悟を。
しかし、実感したとたんに覚悟は儚く崩れ去った。
どうしても大好きな彼女ともう一度会いたかった。
笑顔が見たかった。手をつなぎたかった。話したかった。
もう叶う事のない願いだけれど。
消えた魚の行方は、誰も知らない。
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