普通迷子。 4 「無事で良かったわ。待ち合わせ場所に居ないと思ったら、セーラー服着た女の子が不良に連れてかれるのを見た、なんて人がいるんだもの」 「まさかと思って来てみたら。大当たり。……ほんとにヘンなコト。されてない?」 「うん、大丈夫。助けてくれてありがとう」 あれから程なくして、私に乱暴しようとしたチャラ髪君は駆けつけた警備員によって補導され、詰所までしょっぴかれていった。 今はいきなりの荒事と事情聴取で疲れたため、三人でカフェへと戻り一息入れているところだ。 秋沙と一緒に現れた吹寄さん、彼女はまだ転校して間もなかった(私が来る数日前だった)秋沙の世話を焼こうと、友達になったらしい。その流れで、私とも仲良くしてくれている。 今日はまだ街に来たばかりで衣類などが揃いきってない私と、寮に越したばかりで家財道具が揃ってない秋沙。二人の付き添いとして来てくれていた。 わたしは注文し直したタルトをフォークで小さく切り分け、一口大のそれを口の中に放り込む。 絶妙なバランスの甘さと苦さのハーモニーを奏でながら、ふわりとほどけては掌に降り落ちた粉雪のように染みてゆく味わい。 さすがはこの店のおススメなだけはある。 「あー、しゃーわせー……」 「風護さん美味しいのはわかったけど、緩みすぎてデロってるわよ、顔」 「顔が。ゆるキャラ化してる」 ……そんなにだらけた顔しちゃってたの。 二人の半ば呆れたような声に、慌てて緩みきった表情を締め直す。そうしてまた一口切り分けて放り込んでは。 「んまーい……」 「また緩んだ」 「食べ終わるまでは戻りそうにないわね……」 ほぐっ。 ぷにぷにぷに、と秋沙にほっぺを何度も突かれる。 ちょ、人が食べてる時にオモチャにしないで欲しいんだけど。 そんな抗議を視線に乗せて彼女を見れば、何かが彼女のツボにハマったらしくさらに連続して突き続けてくる。その表情はどことなく楽しそうだ。 「ふふ。おモチみたいな感触。楽しい」 「…………」 あの、吹寄さん?なんでそんなにぷるぷる震えてるの?なんでそんな我慢するみたいな顔してるの? 品行方正・公明正大なクラス委員長様は大丈夫ですよね?信じても……ほぷっ! 「あ、ほんと。なにこの不思議な感触。ていうか肌綺麗ね……化粧水どこの使ってるの?」 「ぷ、化粧水ぱ、なんぺ、ぷかっぺ、はぴ」 特に何も使ってないけど……って、人が喋ってる時にまで遊ばないでってば。そんなに連打したってチャイム音とか鳴らないから。居留守とかしてないから。 「あーっ!もうっ!二人ともわたしをオモチャにし過ぎ!!突っつき過ぎてほっぺがヘコんだままになったらどうしてくれるのっ」 しまいには両手を万歳するようにして振り上げ、両頬を突く啄木鳥のような二人の指を振り払う。 ……あの、そんな残念そうな顔をしないでくれるかな?私は悪くない筈なのに、なんだか変な罪悪感が……。 「楽しかったのに」 こらそこ。 僅かに眉尻を下げて動きを止めた秋沙を他所に、私は残りのタルトを少し急ぎ目に平らげてしまう。また邪魔されたら味わうどころじゃなくなってしまうから。 「にしても、貴女不良に襲われたっていうのに随分と落ち着いていたわよね」 「ん?……あぁ、慣れてるから」 「……桜。慣れてるって?」 ぴくり、私の言葉に反応した秋沙がそれまでの表情から一転、真剣な眼差しを向けてくる。 しまった、気を抜き過ぎて思わずポロリしてしまった。 秋沙と同じようにして心配そうな表情を浮かべる吹寄さん。二人とも、まだ出会って間もないというのに……いい子達だな。 「なんせわたくし、こーんなに美人でスタイルばっつぐんなレディなもんですから、あーいうナンパヤローに絡まれたりするのなんて日常茶飯事過ぎて困っちゃーう」 おっほほーのほー、と椅子から立ち上がり、身をくねらせ、さらにトドメと言わんばかりにばちこーんとウィンクを決める。 ……が。 「…………」「…………」 向けられた視線はまるで汚物を見るような、非の打ち所の無い見事なまでのジト目だった。拍手喝采なんて幻だったようだ。 「……何点?」 「0点」 「赤点。あなたが大根役者なのは。よくわかった」 「……秋沙先生、泣いてもいい?」 「許可」 うわぁああん!と真っ赤になった顔を隠すついでに高速で座りテーブルに突っ伏せば、頭の上に二人分のため息がのし掛かった。 「……まぁ、言いたくないんなら無理に詮索はしないでおいてあげるけど」 「その代わり。困った事があったなら。私達で力になれる事があったなら。遠慮なんてしないで頼って」 本当に本当に、この子達ってばいい子過ぎる。 実際に何かコトが起きるとするなら、一般人に過ぎない彼女達を頼る事なんて危険過ぎて出来ない。 でも「頼って」と言ってくれる友達が居る、その事実だけで、心は「独りじゃないんだ」と強く支えられる。 二人との出逢いに、その縁に感謝。 「ぐすっ、二人ともありがとう。仲良くしてくれて、ありがとう」 「はいはい泣かない泣かない。ほら、ちーんしなさい」 顔を上げて礼を言えば、吹寄さんがバッグからティッシュを取り出して差し出してくれた。さすがにそのままズビーッとは女子的にも年齢的にも許容しかねるので、一枚だけ受け取って隠しつつ顔を拭う。 ――それから一頻り談笑して、三人のグラスが空になった所で本来の目的を果たそうとデパートへと移動する。 先ずは秋沙の買い物から、という事で家具屋さんへと入ることになった。 お洒落な照明やらベッドやら、自分でも思わず欲しくなってしまうような物が多くて誘惑に負けてしまいそうになるのをぐっと堪え、秋沙の好みと相談しつつ三人であれやこれやと選んで行く。 「ひゃー、見て見てこのテーブル、大理石製だって。値段がとんでもない事になってる」 「ゼロが三つばかり余計ね……」 「重そう。こんなの寮に置いたら。床が抜ける。お洒落だけど可愛くない」 いくらなんでもそんなに床は脆くないものだと思うけど。 秋沙は簡単に切り捨てると、背が低く小ぶりだけど使い勝手の良さそうな、白い丸テーブルを見詰めて思案顔。 暫くそうして固まっていたかと思うと、やがてお気に召したのか店員を呼んでそれを注文していた。 「あ……このスタンドライト、可愛い」 私が見付けたそれは、高さが約190センチ程ある、ガラスの花が四つあしらわれたアンティーク調のフロアスタンドだった。 花のモチーフは蓮の花だろうか、電球は薄桃色の大きめの花弁に包まれていた。 高く波打つように湾曲した細い金属製の幹から左右交互に取り付けられたそれらは、スイッチを一つ入れるごとに点灯する花が中段、上下と二個ずつ入れ替わり、最終的には四つ全てが点灯する仕組みになっている。 ライトとしてだけでなく、部屋のインテリアとしてだけでも良いデザインだと感じた。 「へえ……いいわね、これ」 「……可愛いけど……ちょっと。高い」 値札を見ると、消費税抜きで一万円弱。確かに一高校生が、それも寮に一人暮らしの女の子が出すには敷居の高い金額だった。 「うーん……確かに、ちょっと高いよね……」 「部屋にあったら素敵だけど。これを買ったら今月。私のご飯はパンの耳。青髪君に頼るのも。申し訳ない」 気に入っては貰えたようだけれど、そんなひもじい生活を彼女に強いるわけにはいかない。 ならばと私がプレゼントしてあげられたらいいけれど、私にしても学園都市に来る前に何度かしていた日雇いの仕事で稼いだお金にも限度がある。 吹寄さんも厳しいらしく、残念ながら今回は諦める事になった。 早いところバイト出来る場所を探さなきゃ。ここからだと恐山とか行くのにも旅費が嵩むし、さっきのカフェとか募集してないかな。 ……というか、そこで何故青髪君? 青髪君とは、私が転入した初日、ナンパしてきたクラスの男子の一人・関西風訛りの髪を青く染めた長身の子だ。そういえば彼がまともな名前で呼ばれているのを見た事がない。つくよ……小萌先生や他の先生方にしたって、彼を呼ぶ時はいつもあだ名で呼んでいた。 さらに不可思議な事にクラスの誰も彼の本名を知らないらしい。……いくらなんでも不自然過ぎた。 だって、私以外の誰もそれに違和感を感じている様子がないのだから。まるで何者かに意図して"そうなるように操作"されているかのように。 そんなわけで、転入して数日経つ今でも彼に関しては警戒心を拭えないでいた。 実は土御門君に関しても別の理由で警戒はしているけれど、クラスのみんなにざっと探りを入れてみても、わかったのは彼が重度のシスコンでロリコンでメイド萌えというどうしようもない変態という以外の情報は出て来なかった。あの派手な金髪はモテたくて染めたらしいし。 ……まともな男の子は居ないのだろうか、この街は。 2015/08/04 [*前へ][次へ#] [戻る] |