月へ唄う運命の唄 捧げよ。8 その時、確信した。ガルマから放たれた圧力が走り抜け、彼の身体に生じた異変を見た瞬間に悟った。……あの大部屋に居た子供達はもう、"死んでいる"。 レンズの性質を勉強していた時に知った、その特性。 レンズは生物の精神エネルギーに反応して現象を起こすことが出来る。精神エネルギーとは、言い換えれば生物に宿る魂の力だ。 モンスターがそのレンズの特性と魂の力による化学反応のようなものを利用して晶術を使う事があるのは、適性と本能による賜物。 多くは取り込んだ時の存在の変容の際、反応した魂を体の再構成の燃料に使ってしまい、残った力もその維持のためにレンズ内に取り込まれる。そして出来上がったモンスターというモノは、魂を血肉にしてしまっている為に自我も理性もない本能の塊になる。自我も理性も、魂の中に含まれるのだから。 子供の小さな魂が、そのような劇的な激しい変化に耐えきれるわけがない。 あそこに居たのは……脱け殻だ。 「フウゥゥゥゥ…素晴らしい力だ。今なラ、なンでも出来そうなキがするぜェ」 口から白い煙を吐きながら、ガルマは拳を握ったり緩めたりして体の調子を確かめているようだ。 しかし、緩やかではあるが確実に魂は体内のレンズへと流入している。すでに言葉もところどころ発音がおかしい。 ・・・・ 「一年前の実戦試験じゃア未完成過ぎて使いモンにならなカったが…あノ方には感謝しねェとな」 一年前……実戦試験…あの剣聖杯の事件か! 「あの時のは、その融合体の試運転ついでに資金源、研究素体の補充として子供を拐っていったの……!?」 だからあのリオンに助けられた時、倒した男は絶命と同時に魂をレンズに食われて、モンスターと同じように肉体が消滅したんだ。 「察しがイいじゃねェか。そォだよ。さテ。ちょっくら俺の力試しにつきあエよ、お嬢さん。丸腰とはいえちったァヤれんだろ?…いくゼ…………エ?」 ぐらり、とバランスが崩れる。おかしい、左腕が妙に軽い。いや、感覚がない…? 今の今まで感じていた溢れんばかりの高揚感に水を差されたかのような感覚。その違和感の中心に目をやる。 綺麗に切断され、大量の血飛沫が噴出し続ける左肩を。 ぼとり。背後で、何か重いものが落ちた音がした。 振り返るまでもない、それは。 「あ、う、ゲぇえええゥェエエ!?俺の、うデぇええ!?」 慌てて振り返り、どうやってか斬り飛ばされた腕を拾おうと駆け寄ろうとしたその目の前で。 バヂリ!と落ちた左腕に眩い光を放つ電光が直撃した。 その熱量からか、閃光の中で一瞬の内に黒く炭化した腕だったモノは、あっという間に燃え尽きて消滅していく。 「あ゛……ぁあアあああ…腕が…おレの、腕ガぁ…」 その場に崩れ落ち、膝をついて呻くガルマ。ばちゃばちゃと流れ落ちる血が、彼を中心にして水溜まりのように床に拡がっていく。 そんな彼をかつてないほどに冷え、そして殺意までも孕んだ瞳で見下ろすクノン。 「……腕が?腕が何?それがどうしたの?そんなもの、…そんな、もの……!!」 ぎり、食い縛った歯が鈍い音を立てる。振り抜いた羽姫を握る手がかたかたと震える。いや、手だけじゃない。全身が破裂しそうな怒りで震えてる。 許せない、許せない、許せない、許せない、許せない。 「愛する子供を奪われた親達の気持ちを考えた事はある?大好きな親から引き離された子供の悲しさを考えた事は?……あげく人体実験で魂を殺される恐怖、そして二度と戻らない事を知った親はどうなるかわかる!?…………答えろよ!!!!」 力の限り、叫ぶ。喉が千切れそうなほど痛い。でも叫ばずにはいられない。 家族を理不尽に喪うこの悲しみを、この苦しみを、この怒りを、ぶちまけずにはいられない。 クノンもまた、理不尽に家族を奪われた。あの日。この世界へと迷いこんだあの日。 本当は泣きたかった。叫びたかった。何故、どうしてと気が狂いそうなほど訴えたかった。 けれど、出来なかった。 此処は、全くの別世界で。 自分を知る者も、自分が知っている者もいないどころか、生きる筈だった世界ですらなくて。そんな中で、義務もないのによくしてくれた恩人達にそれを訴える事なんて出来る筈がなかった。 ……だが今、形は違えど奪う者が目の前に居る。理不尽な略奪者がここに居る。 訴えるべき相手が現れた事で、溜め込んで押し潰してきた感情が爆発したのだ。 「……償え」 その血で。 その死で。 next.... 2012/12/19 [*前へ] [戻る] |