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月へ唄う運命の唄
月へ歌うアイの唄3

「俺達、友達だろ?」

「友達…僕と、お前が?」

うん、と眩しく笑うスタン。そして友達、という言葉を噛み締めるように小声で反芻するエミリオ。
ここはいつかの城門通り前。あの日、この場所から、私達の旅は始まった。

「何度も言わせるな。僕はお前のように図々しくて能天気で馴れ馴れしい奴が大嫌いだ」

――いつかは繋がれる事のなかった、その手に。

「……だが、少しは認めてやってもいい」

――応える手が、重なった。

「ああ!」

そしてやっぱり、彼は笑う。確かに握り返された手の感触に、柔らかい春の陽射しを思わせるような暖かな笑みで。そしてその陽に照らされて、冷たい月も静かに微笑んだ。熱で溶かされていく氷のような、控えめな温度だけど。確かに温もりが移ったように。

…眩しいなぁ。

そんな想いが、私の中を駆け巡る。ずっと他人を拒絶していた彼は、旅を通して少しずつ変わっていって。
そして漸く、彼も認められる友が出来て。
そんな彼の変化を、一番近い場所で見て来れた。

…うん。これで十分。…これで満足。

ハイデルベルグでは少し後悔もしたけれど、やっぱり私は、このままでいい。傍で見守っていられればいい。妹として、家族としていられるだけで。
いつか彼が"誰か"と結ばれて、私の傍から離れていったとしても。今日のこの光景を覚えていられる限り、きっと平気。
だって私は望んでいたんだから。いつかエミリオが、"呪縛"から解き放たれることを。
そうしてその瞬間を、こうして見届けられたのだから。
だから私の酷く個人的なこの感情なんて、もういいの。…叶わない恋心なんて、もうどうだっていい。

…………なのに。

どうだっていい、はずなのに。

「………っ」

握手を交わす二人からそっと気付かれないように距離を取った私は、唐突に沸きだした表現の出来ない想いに突き飛ばされるようにしてその場から走り出した。

…何?なんなの?どうして?

変。変だよ。

二人の友情に嫉妬なんて。嫉妬した挙げ句わけわかんまいまま自爆なんて。ほんとにおかしいよ。
マイナス思考のループに入りかけている、そんな気がした。
多分任務が終わった事で、やり遂げた事で気が抜けたせいかも知れない。ここまで来ればもう、あいつも計画を止めざるをえないだろうから。

「――あれ、クノン様?どちらへ?」

唐突に聞き覚えのある声に呼び止められ、はっとして立ち止まる。声をかけてきたのはゼドだった。

『やれやれ、我を持ってどこまで行くつもりかと肝を冷やしたぞ。そんな泣きそうな顔をしてどうしたというのだ』

『ちょっと黙りなさいそこの朴念仁』

『なんだとっ!?』

ぎゃあぎゃあ。
そうだった。国の所有物ということでスタンから預かったディムロスをお城に持って行かなきゃいけないんだった。

「ごめんなさい。ゼド、悪いんだけどディムロスをドライデン将軍に届けて貰えない?…私、今気分が悪くて」

「ええ、構いませんが…自分でいいのですか?」

「うん、本当にただ持っていくだけだから。後の事は将軍がやってくれる」

「ならお預かりしましょう…かわりと言ってはなんですが…」



珍しい。なんだろう。

「体調がすぐれないのであれば、後日でも良いのですが…そうですね。任務達成のお祝い、させて下さい。今度の週末にでも、二人で」

へ?

「自分なんかとはお嫌でしたら、無理にとは申せませんが…出来れば旅のお話でも聞かせていただければと。今後の参考に聞いてみたいのです」

…………………………………………………………………………………えと、あの…?

「まぁ、そういうわけなので、ディムロス殿は預かりますよ…っと。では」

『――大人しく聞いておれば言いたい放題言いおって小娘が!……てぬぉおっ!?貴様、どこへ持って行く気だ!待て!我はまだあやつに言いたいことが…!ええい聞こえておらぬ!!くそっ!』

『べ〜〜っ!あと千年女心を勉強してきなさい!このおっさん顔の唐変木!!』

『…おっさ…!!』

だんだんと小さくなっていくゼドの背中と一緒に、ディムロスの叫びもフェードアウトしていく。
いや、べ〜って…本当は姫って凄く子供なのでは…。もうブレっブレ過ぎて最近姫がわかんないよ…。

『ところで私達が言い争っている間、何を話してたの?』

ほら、もうこの変わりっぷり。声色すらさっきまでの少し幼い感じから大人っぽい感じに変わってるし。たまに一人称すら違う時あるよね?

「姫…無理してキャラ被らなくても嫌いになったりしないよ?」

『な・ん・の・事かしら?』

「モウイイデス」

諦めよう。そうしよう。
多分姫はチェルシーとはまた違った方向から同じ場所を目指してるんだ。きっと。そう思う事にしよう。

『ほら言いなさい、隠し事はなしよ』

「はいはい…。えっと、多分、だけど、デート、に…誘われた?気がする?」

『あぁデートね…なんだそんな事』

…………………………………………………………………………………………………。

『はぁあああああああっ!?』

耳が痛い。二つの意味で。ていうか反応がベタだよ。

『あああ貴女まさか行くって返事したんじゃないでしょうね!?』

「返事する前に行っちゃった…」

『大馬鹿!!それじゃ断れないじゃないの!貴女が好きなのは彼でしょう!?』

そうなんだけ…どっ。

ちくり。ここ最近はおさまっていた筈の胸の痛み。恋を自覚してからは殆んど感じることのなくなっていたそれが、また再び私の胸を苛み始めようとしていた。

どうしよう。本当に。まだしばらくは油断出来ないっていうのに、こんな…。


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