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月へ唄う運命の唄
山小屋の出会い5

あたたかい夕食を終え、もう一晩だけ泊めて貰うことになった私達は再び寝室へと戻って来た。今まで数日もの間散々占領してきておいてなんだが、寝室を使わせて貰うのは非常に心苦しいので、体調にも問題はないからと遠慮させていただこうとしたら見事に却下された。
さすがに病み上がりの人間を床で寝かせるわけにはいかないし、第一女性にそんなことをさせるわけにはいかないからと言われてしまえば断りきれない。

…これでも、一応客員剣士の任務で野宿なんかも経験してるし、この雪の中外に放り出されでもしなければ大丈夫なんだけどなぁ。

まぁ今回は、紳士な言葉に甘えさせて貰おう。…それにやっておきたい事もあるし。

アルバさんから紙とペンを貸して貰い、外の木から葉の付いた木の枝を短く一つ伐って水の入ったグラスとともに寝台横の背の低い小テーブルの左右端にそれぞれ並べる。そして紙に祝詞を書いてその中央に配置し準備が完了。

…と、そこまでしたところで、不思議に思ったのか私と同じく客人扱いで寝室を使わせて貰っているスタンと、女の子のチェルシーが興味深げに覗き込んでくる。

「あの、何をしていらっしゃるんですか?」

「葉っぱと水の入ったグラスと…なんか模様が書いてある紙?」

ああ、この世界の人には漢字が模様として認識されるのね。アルファベットしか知らない外国人みたいな感じかな?

「んとね。お祈りの準備…かな」

「お祈り?」

「そう。あの時、あの場所で見たものをスタンは覚えてるでしょ?」

「あ……」

「うん。だから、お祈り」

チェルシーが居る手前、言葉を濁したけれどスタンはわかってくれたみたいだね。…まぁ勘のいい子ならチェルシーにも気付かれちゃうかも知れないけど。

テーブルの前に正座し枝葉に手を添え、力を素のままで流す。しっかりと中で固定された事を確認して手に持ち、頭上に掲げ左右に一振り、二振り。そうして元の位置に置いて小さく慰めの祝詞を呟き、瞳を閉じて合掌。

――どうか、心安らかに眠って下さい。現世の負をすすぎ、来世の幸へと向けて歩んで下さい。

…数分間の祈りを捧げた後、目を開けて供養を終える。立ち上がってふと後ろを見てみれば、見よう見まねでスタンとチェルシーも同じように合掌して祈りを捧げてくれていた。この世界の様式とはまるで違うというのに、意味を察してこうして黙って付き合ってくれるなんて。嬉しくて涙が出そうだよ。

「二人とも、もういいよ」

「あの、これで良かったのでしょうか?今のは多分、死者への祈り、ですよね?…初めて見るやり方でしたけど」

不安そうな目で見上げてくる、小さなチェルシー。その頭にそっと手を置いて、安心させるように優しく撫でてあげる。

「大丈夫だよ。形は違っても、こういうのはその気持ちが一番大事だから…ありがとうね、祈ってくれて。…スタンも本当にありがとう」

「そんな、お礼なんて…俺は、あそこで何も出来なかったから。せめて祈るだけでもしなきゃって思って」

そう言って少し困ったような顔でぼりぼり後ろ頭を掻くスタン。…困った時や照れた時の癖なのだろうか?飛行竜で艦長に責められた時もやっていたし。

「さ、お祈りも無事終わったし、私は道具片付けてくるね。二人とも先に寝ちゃってていいから」

道具一式を持って寝室を出る。一通り後始末を終えてから、ふとある事を思い出した。

「…あ、エミリオに連絡してない」

『今頃思い出したの?』

完全に呆れ返った様子の姫に苦笑して返す。飛行竜を脱出してからこっち、ずっと意識を失って眠ってたせいもあるけどこの時間まで通信巫術を行うタイミングがなかったからなぁ。

今はちょうど日付が変わる数十分前といったところだ。こんな時のためにある術だというのに、生存報告を怠ってしまった自分に少々自分でも呆れてしまう。今の時間ならまだ起きているはずだから、連絡してみよう。…心配、かけちゃったかな?心配、してくれてると嬉しいな。


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あきゅろす。
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