月へ唄う運命の唄
山小屋の出会い2
刺すような冷たさを伴った風が吹き抜ける。降り積もる粉のような白雪が風に煽られ舞い上がっては、やがて重力に従いまた別の場所に折り重なっていく。
年を通し、変わらず繰り返される白い景色に包まれる極寒のファンダリアにおいて、此所もまた決して覆われた下の土を晒す事のない山脈の一つ。
そんな山中に建てられた山小屋は、今日も変わらずに屋根から突き出た煙突からもうもうと白い煙を吐き出し続けていた。
そしてその山小屋の中に備え付けられた寝台の上で、すやすやと眠る一人の少女が居た。年の頃は十代半ば、閉じられた瞳の睫毛は長め、身長に準じて小さめな輪郭の可愛らしく整った顔、この地で生活するには少々不用意な軽装。
数日前、突如起きた謎の爆発にも似た蒸発現象で、完全に地面を晒したかつて湖だった場所の底から救い出されたクノンである。
彼女と一緒に救出された青年剣士はといえば、早々に目覚めて彼女が目を醒ますまではと、この山小屋に留まり住人と親睦を深めていた。
「…ん、う…」
深く沈んでいた暗い底から意識がゆっくりと浮上してくる。長い夢から覚めるような気だるさを伴って薄く開かれる瞼の下で、茶色の瞳に光が灯り始める。
「あ、れ…?私…」
『漸く、目が覚めたわね』
覚醒直後の鈍い思考に優しく滑り込んでくる柔らかな紫桜姫の声に、少しずつ回転の速度が上がってくる。
どうやら自分は、あの飛行竜からの脱出の際に使用した脱出艇から湖に投げ出された衝撃で意識を失い、この寝かされていた小屋の住人に助け出されたらしい。
少し古風な造りの、木の温もりを感じさせる内装に住人の人柄が現れているような気がして、不思議と安心させられる。
三つ程並べられた寝台の内、自分が寝かされていた以外の二つは綺麗に布団がたたまれ、整えられていた。正確な時刻はわからないが、少なくとも夜ではないらしい。
「おや、目が覚めたかね」
物珍しげに室内を見回していると、老人のものらしい嗄れた声が聞こえてきた。そしてすぐにその主であるらしい、かなり年配と思われる老人が一人姿を現す。
その手には手拭いの浸された水桶が抱えられており、どうやらこの人に面倒をみて貰っていたようだ。
「おかげさまで…ご迷惑をおかけしました」
「なに、謝ることはない。当然の事をしたまでじゃよ。お主を拾って来たのは儂の弟子じゃが、今はちと出掛けておっての。じきに戻るじゃろうから、ゆっくりしておるといい」
温かいものを持ってきてやろう、と言いおき寝室から姿を消した老人を見送って、そういえばスタンとディムロスが見当たらない事に思い当たった。あの老人の弟子という人物と一緒に出掛けでもしているのだろうか。そんな風に疑問を思っていると、紫桜姫から少し呆れたような声がかかった。
『随分と長く眠っていたのよ、貴女』
「そうなの?…でもなんだか、長い夢を見ていたような気がする」
『どんな夢だったの?』
「ん…よくは覚えてないんだけど、誰かが死んじゃった夢、だった気がする」
『……死んでしまった、夢?』
「うん。お葬式の夢でね、学校の子とかが、わんわん泣いてたりして。私はぼうっとそれを後ろから眺めてるの」
『…なんだか、不吉な夢ね』
「ヤな感じだよね。どうしてあんな夢見たんだろ」
そうね、と返す姫の声がなんだか少し暗い気がする。長く目覚めなかったせいで心配かけすぎたかな。
そんな会話を交わしていると、先程の老人が戻って来た。
「待たせたかな?ほれ、温かいスープじゃ。飲みなさい」
「ありがとうございます。………えと、」
「あぁすまない。申し遅れたの。儂はアルバという者じゃ」
「あ、こちらこそ申し遅れました。私は未熟ながらセインガルドで客員剣士をさせていただいております、クノンと申します」
私が名乗ると、柔和な笑みを浮かべていたアルバという老人の表情がそのまま凍りついたように固まった。
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