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月へ唄う運命の唄
次元渡航5

「失礼するよ」

どうやら、少々年配の男性のものらしい、低く渋い声が扉の向こうから聞こえ、蒼羽の居る部屋の扉が開かれた。

「……っ」

息を呑んだ。

身体中からぶわ、と嫌な汗が吹き出すのを感じた。

全身に鳥肌が立った。

扉を開いた先に見えた、恐らくは声の主であろう者をその瞳に映した瞬間、まるで蒼羽の魂そのものがガンガンと全霊で警鐘を打ち鳴らしたような錯覚さえ覚える。
それはあの時感じたモノに近い…否、それとも違う異質な、それでいて越えてしまうような圧倒的な恐怖。
暗い、なんてものじゃない。
黒く、黒く、暗い影に闇を足して、さらに塗りつぶしたような、"この世"のものでは有り得ないモノ。

「すまないね、少々驚かせてしまったようだ。」

思わぬ穏やかなその声で、蒼羽はやっとその拘束から解放された。
自覚はなかったが、どうも限界まで目を見開いたまま、少々長く硬直していたらしい。
忘れていた呼吸を再開した時、とてつもない疲労感がのしかかってきた。

驚きからの硬直が解けたらしい少女を愛想の良い笑顔で見届けながら、男はベッドの隣にあるテーブルとセットになっている椅子に腰掛ける。

「初めましてお嬢さん。私はこの屋敷の主人、ヒューゴ=ジルクリストという。良かったら名前を聞かせて貰えないかな?」

収まりつつあった警鐘が再び鳴り始める。…この人に名前を教えちゃダメだ、と。

「…クノン、です」

反射的に出たのは本名ではなく、士名の方だった。

「良い名前だね」

にこり、笑みを作りつつも、ヒューゴと名乗った男性はベッドの上の蒼羽を値踏みするように見つめる。

「ではクノン君、単刀直入にいこう。…君は異世界から運ばれてきた、我々はそう見ているのだが、どうかね?」

信じてはいけない、そう思いつつも、その雰囲気に気圧され頷いてしまう。

「我々の方では稀に観測されていた現象なのだが、人間が運ばれてきたのは初めてのケースだ。…さて。これは私のお節介なのだが…」

一度言葉を切り、蒼羽の手を握る。逃がさない、そんな意志表示であるかのように。

「不意の自然現象…いわば事故のようなもので君は此処に来てしまったが故に、此方での生活の用意がない。それにまだ一人で生きていくにはあまりにも幼すぎる。そこで、我々で君を保護し引き取ろうと思うのだが、どうかね?」

真っ直ぐに此方を見つめ、まるで心から心配しているかのような口ぶりで提案してくる。
だがその実、その裏では有無を言わさぬ命令であるかのような威圧感が見て取れた。


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あきゅろす。
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