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月へ唄う運命の唄
焔の約2

気候の変化は緩やかに、年を通して安定した気温に包まれ、この世界では第一位の豊かさを誇る此処はセインガルドという国。人口も多く交易も盛ん、国教であるアタモニ教は世界最大宗派であり、その総本山であるストレイライズ神殿も当然ながら領土内に置かれている。
その首都であるダリルシェイドでは暖かい陽射しが降り注ぎ、道行く人々はその温もりに包まれ穏やかに平和な日々を過ごす。道路脇では日向ぼっこをしているのだろう、眠たげな眼をした野良猫が誰に憚る事なく暢気に欠伸をしている。

――そんな中、舗装された石畳を慌ただしげに蹴り、追われ必死に逃走する男が居た。

走る男の手には酷く不釣り合いなデザインのハンドバッグがある。彼が持つそれは明らかに婦人物で、見るからに高級品とわかるものだ。つまり彼は窃盗犯であり、今はその現場に偶然居合わせた人間から離れるべく逃げている最中なのだ。

「あぁクソ!ついてねぇ!なンでこうなんだよ!!」

これ見よがしに高価そうなバッグをぶら下げて歩いてる隙だらけな婦人を見つけたはいい。これはいいカモだと眼をつけて好機を見計らい、手を離した瞬間体当たりしてぶん盗ったまではいい。
だがよりによってそのすぐ後ろで暢気にクレープなんぞを頬張ってた女の子に追いかけられるだなんて思いもしなかった。

「あー!スリ!捕まえてやる!!」

相手は子供だが、構ってる暇はない。その間に別の大人や治安維持の兵士に囲まれたら終わりだ。
男は追ってきているであろう少女を撒くべく細かく右折左折を繰り返しながら全力で走っていた。
……が、ある角を曲がった瞬間、男は急停止せざるを得なくなった。
その曲がったすぐ先で、先程の少女がやはり片手にクレープを持ちながら現れたからだ。空いたもう片方の手に、刀身のない剣の柄を持って。
それを見た瞬間、男は盛大な思い違いをしていた事に気が付いた。厄介なのは、少女を相手にしている間に群がってくる大人達ではない。その少女自体が非常に厄介な相手だったのだ。

「鬼ごっこは終わり、だよ」

「お、おまっ、まさかあの姫騎士!?」

「そのアダ名恥ずかしいからやめてね……っと」

驚愕している男の正面に飛び込み鳩尾に紫桜姫の柄を深く沈める。男は表情をそのままに、白目をむいて地面に倒れ伏した。

「はい終わり。後は巡回兵が来るまで縛っておいて……あ、バッグは返して貰うよ。……ん、中身は抜かれてなさそうだね」

流石に気絶した大の男を引きずって歩くのは無理なので、巡回している兵士を連れて来るまでその場に縛り付けておくしかない。取り敢えず現場に戻って被害者にバッグを返しに行くついでに兵士を呼んで来なければ。

――あれから3年が経って、私は15歳になった。二人を守ると決めて、それから自分に出来る事をただひたすらに頑張ってきた。
気が付いたら、エミリオ……リオンとともに、セインガルドの客員剣士として随分と有名になっていた。名前が売れるとともに、妙なアダ名というか、称号というか、私を示す記号、のようなものまでつけられていた。

曰く、"白き姫騎士"

曰く、"雷光の魔剣士"

そんな呼ばれ方をされると、なんだかこう、全身がむず痒いというか、秘密の日記を大声で朗読されたような感覚というか……そんな気分になる。やめていただきたい。

けれどこの世界の人々にとっては、こういう二つ名を持つことは光栄な事。敬意の表れなのだから受け入れるべきだと諭されては何も言えなくなってしまう。
そういえばあのフィンレイ将軍も"鬼神"なんてアダ名がついていた気がする。


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