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月へ唄う運命の唄
この世界で。5

俯いた顔を上げ、ヒューゴが出て行った扉を再度睨む。暗く伸びる廊下の先で揺らめく灯りの炎は、ただ煌々と冷たく無機質な壁と床を照らすだけ。
溜め息を吐く。決意はしたものの、自分に何が出来るのか、具体的にどうしていけばいいのかは今はわからなかった。感情の赴くままに勧誘を断りはしたものの、やはり表向きだけでも乗っておいた方が良かったかと今更ながら少し悔いたが、すぐに考えを改めた。
確かに表向きだけでも乗っておけば、あの男の言う"計画"の概要くらいは知る事は出来ただろうが、いざ妨害に入ろうとした際にそれが足枷になってしまう可能性がある。そうなると、下手をすると本来守る筈のものを犠牲にしなければならなくなる。
そんなリスクは負えるわけがない。それでは本末転倒なのだ。クノンの優先順位はあくまであの二人を守る事が最優先。…ただあえて順番をつけるならの話で、計画を止める事も変わりなく重要なのだが。

「当面は、私自身が守る為の力をつける事が課題、かな」

『…大丈夫。私がついているわ。剣術はともかく、巫術はまだまだ未熟。暫くはそちらを中心に鍛えましょう』

クノンの決意を後押しするように紫桜姫が応える。今ではもうよきパートナーに頷くと漸く力が入りはじめてきた脚を叱咤し立ち上がる。
が、その拍子に散らばっていた書物を蹴飛ばしてしまった。爪先に当たった固い感触に顔をしかめ、それを指差しながら心底うんざりした表情になると、駄目元で訊ねてみる。

「ねぇ、コレ片付けるの手伝えない?」

『無理ね』

「だよねー……あぁもう!」

がっくりと肩を落とし、嫌々ながら盛大に散らかった資料室を片付けるハメになったクノンは、決意とはかけ離れた所でヒューゴへの恨みを募らせるのだった。


――燃えるように赤い絨毯が乱暴に踏み抜かれていく。いかにもな高級感漂う黄金の刺繍がなされたそれに対して、遠慮会釈もない歩行。

それはそうだ、こんなもの程度に逐一気後れなどしていたら此処で暮らしていけるわけがない。
辺りを忙しなく働いて回る使用人達や、階段を昇る途中にある壁にかけられたどこぞの名画の数々も、なんの感慨も感じられない程に見慣れてしまった。
嫌みな程に当たり前に有りすぎて意識することすらもない。

「馬鹿か、僕は」

苛々を抑えきれずに自責の台詞が口をついて出てしまった。らしくない。改めてつい先ほどの出来事を思い出しては、自己嫌悪する。

クノン同様、先日の事件に対して疑問を抱いていたリオンは、客員剣士の業務の合間に別の方向から裏を探っていた。しかしその動きはやはりヒューゴには筒抜けであったらしく、呼び出しを受け釘をさされてしまったのだ。

要約していえば、「大事なものを守りたくば、余計な真似はするな」と。

少し考えればそれ一つでほぼ特定出来てしまう。他のインパクトが非常に大きいために大半の者は視線を逸らされてしまっているが、リオンにはそれは通じなかった。モンスター化した人間を制御し操る……即ちレンズに干渉する機械。そして、そんな規格外な技術を生み出せるのは、"レンズ製品技術の最先端"オベロン社の研究者以外にない。
そのオベロン社を統べるのは誰か?答えは明白だ。
そしてわざわざ呼び出しての忠告だ。あの無敗の鬼神・フィンレイ将軍をどうやって殺したかまでは不明だが、裏で手を引いているのはあの男である事は最早疑いようもない。

「マリアンに手は出させん。何があっても」

命を賭して守り抜くと決めた愛する女性を、危険に晒すわけにはいかない。ならば、詮索はここで打ち切るしかない。例え納得出来なくとも。
だが、こうするしかない方向に、いいように誘導されてしまっている自分が許せない。このままでは、いつか本当に取り返しのつかないことになってしまう気がしていた。

……物心ついた頃からずっとそうだ。主人と下僕。持ち主と道具。剣を仕込まれたのも、より使える道具にされる為。
母は自分が産まれてすぐ他界している。姉が居たらしいが、どうやら捨てられたらしく顔も見た覚えがない。僕には家族と胸を張って言える者が居ない。こういう時、何故かそれが思い出されてしまう。
そんな弱い自分の心もひたすらに腹立たしい。


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