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月へ唄う運命の唄
この世界で。3

ばさ、と読んでいた資料を閉じる。

此処はダリルシェイド城内の資料室だ。四十帖程だろうか、一国のシンボルたる城の資料を収めるためのスペースにしては少々狭いだろうが、それでも膨大な数の資料が所狭しと並んでいる。アタモニ教の総本山であるストレイライズ神殿には、知識の塔と呼ばれる場所がありこの何十倍もの資料が収められているらしい。だが今回は世界の知識を求めているわけではないので此処で十分だ。
私はこの一ヶ月、非番の日を利用してはこうして此処に来て資料を片っ端から読み漁っている。それはあの事件の結末がどうしても納得出来ないからだ。
絶対に裏がある。恐らくはフィンレイ将軍は何者かにスケープゴートとして利用された。その真意は定かではないが、何故かそんな気がしてならなかった。
手掛かりをなんとか得るためにこうして様々な記録を調べてはいるのだが、あまり芳しくはない。姫にも手伝って貰っているから、資料に対しての理解度に関しては心配ないけれど。
そうして、今日何冊目かの資料を机の脇に積み上げる。

「はぁ〜…駄目。全然わかんない」

『なかなか尻尾が見えないわね』

「うん。そもそも背後に居る人の目星がついてない辺りが難しいし」

『そうね…もう一度初心に還って、事件の記録から見直してみたらどうかしら?』

そうする、と返事をして席を立った時だった。

――それは、何の前触れもない来訪。

不意にあの息も出来ない程の禍々しい重圧が、資料室全体を支配しクノンを拘束した。

この重圧は、覚えがある。初めて出逢ったあの時からこの一年強、なりを潜めていたあの気配。あれから何度か顔を合わせてはいるが、あれ程ではなかった為に忘れかけてしまっていた。

「随分、熱心になっているようだな」

低く重い、けれど響く声。

「だが、未だ芳しくはないと見える……どれ、手伝ってやろうか?クノンよ」

振り向いた先、資料室の入り口に立ち、こちらを見つめるのはオベロン社総帥・ヒューゴ=ジルクリスト。彼はわざとらしく両腕を拡げ薄く口元を歪めながら、ゆっくりとこちらに歩み寄って来ている。

《あの男…》

間違っても声を聞かれないよう配慮したのか、脳内に秘匿通信してきた姫にどうしたの?と返事する。

《肉体と中身の魂に食い違いがあるわ。…いえ、正確には元の肉体の主を喰らうように、別の魂が押し潰して入り込んでる…乗っ取られてるわね》

やっぱり。姫が言うなら間違いないね。……人、なの?

《見た目は、主と同じ人間だけど…力の総量と質が桁違いね。恐らくはかなり古い魂。多分だけど、あのシャルティエと同じ位の時代かしら》

てことは千年前…天地戦争時代の人…

《もう一つ。はっきり言って化け物よ。それもとびきり邪悪な…ね》

そんな二人の会話の間にもゆっくりと歩み寄ってきていたヒューゴは、クノンの手前僅か数十センチ程の位置で立ち止まると、その手をクノンの顎に当て上を向かせ顔を近付けてきた。

「……その眼、コンタクトかね?誤魔化さずとも良い。せっかくの美しい眼を隠すのは些か勿体無いとは思わないかな?」

っ!!

「何故それを、と?くくく、あの元部隊長は何故、君達の作戦を知っていたかわかるかね?それと、私が経営する社の商品は何かね?"そういうこと"なのだよ」

「っ!!お前がっ!お前が奪ったのか!!……あぅ゛っ!?」

「…黙りたまえ」

ヒューゴの意図する所を理解したクノンは激昂する。だがヒューゴは叫んだクノンの腹に固い拳をめり込ませた。
少女の小さな体はくの字に折れ簡単に吹き飛び、本棚を二つ程捲き込んでは倒れた本棚からこぼれた大量の書物に埋もれてしまう。


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あきゅろす。
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